第8話 お前を否定する

2年前


 当時高校一年生だった二人が出会った。攻守ともにそつなくこなす義一ぎいちと、まだ技を身に着けていない勇牙ゆうが。当時から犬猿の仲だった二人の関係は、お互いの能力を認め合う形で交錯していった。


 そんな2人の物語は、強者に抗うことから始まり、天才に敗れることで終わりを迎えた。これは、凡人に憧れた凡人が再び前を向く物語。



・・・



 白狼はくろう 義一ぎいちは苛立っていた。あれほど油断するなと言ったまことに強気に突っ込んで呆気なく抜き去られていくチームメンバーに苛立っていた。才能に勝つことを諦め、クラブでは、と一念発起するも、結局同レベルの人間となあなあの練習をするだけの人間たち。……才能に勝つことを諦めたのは俺も同じか。


 なにはともあれ、そんな人間たちが過剰に反応するのは、己より格下の人間。この場ではまことだ。そんな人間を打ちのめすことで無意味な自尊心を満たすのだから、まことに全力で立ち向かわなかったのも理解できる。


 理解はできるが、こいつらとは違うという感情が苛立ちを募らせる。ここにいる時点で何も違くはないのに。感情だけで大した筋書きもない稚拙な行動。


(合理的にいこうぜ)


 自分が発した言葉が煩わしく脳内をよぎる。それを振り払うように単騎で突っ込んでくるまことに勢いよく鉄条網をけしかける。


 けたたましい警報音と共に、黄色と黒の警戒色に囲まれた不揃いのフェンスと有刺鉄線がまことの行方を阻む。当然そのバリケードを破壊することのできないまことは鉄条網に絡めとられる。


「二度もやられてたまるかよ。」


 そう真に吐き捨てる。技を食らい地面に突っ伏した当のまことは、悔しそうな顔を上書きするように笑みを浮かべていた。理解できない。技を使えないまことにとっては、俺程度であっても手の届かない天才と感じるはずだ。なぜ、いつかは届くかのように悔しがれる。


 勇牙ゆうが、お前もそうだ。前にいた勇牙ゆうがをついでに抜き去り前線へパスを送る。前線のモチベーションは著しく低い。相手が格上だと分かっているからだ。試合前には、才能にたまたま恵まれただけ、おもんないわ、と愚痴をこぼしていた。本来、才能に打ちのめされた人間はこうあるはずなんだ。努力の無意味さを痛感し、抗うことを諦め、自分たちなりに楽しむようになるはずなんだ。


 なのに、なんで。合理的じゃない。


(奥底の感情を無視して、合理もくそないだろう)


 うるせぇ。前にまことが言った言葉が脳裏をよぎる。健闘することもなく散ったうちの前線が、相手へボールを譲る。前線の人間たちの顔には苛立ちが浮かんでいた。理屈の上では諦めていても、いざ対面するとなれば悔しさが湧き上がる。


 先ほどのまことの単騎駆けとは異なり、整った陣形で難なく両サイドが食い破られる。食い破られたやつらも恨みのこもった顔をしていた。


 再びこちら側に戻ってきたボールは、中央の勇牙ゆうがへ渡った。勇牙ゆうがの技は未だに一つ。一年生の夏、俺たちに希望をもたらした、あの忌々しい技一つ。



・・・



 勇牙ゆうがに対する第一印象は、シュートばっかやってる雑魚だった。部員数の少ないうちの部活で当然のようにレギュラーに選ばれた俺に対して、勇牙ゆうがはたった一人、ベンチを温める係となった。俺が順当に力をつけていくなか、勇牙ゆうがは実るかも分からないシュート練習に勤しんでいた。


 1年生の夏、厳しい戦いが続いたが、俺たちは順当に予選を勝ち進んでいた。その中で俺は、チームの主軸として攻防共に活躍できるようになれた。しかし、そんな順風満帆な勝ち上がりは唐突に終わりを告げる。


 準々決勝にあたる試合で、こちらの攻めも守りも何もかも通じない相手と当たった。圧倒的とまではいかなくともハッキリと実力差がある相手に、全員が果敢に立ち向かった。それ故に、後半開始早々、疲労によるアクシデントで怪我人が出た。そして、勇牙ゆうががフィールドに駆り出された。


 勇牙ゆうがが加わったところで一人欠けた状態と変わりはなかった。淡々と失点がかさんでいく。全員が試合の終了時間に思いを馳せ始めたころ、諦めきれず走っていた俺の足が相手のボールを弾いた。そのボールは導かれるように勇牙ゆうがのもとへ転がっていった。


 最初は落胆した。よりによってお前か、と。だが、天高く蹴り上げられたボールから放たれたアギトが全てを薙ぎ払った。相手のディフェンスもキーパーも、俺の落胆も。残り時間の問題でその試合は負けで終わった。だが、試合が終わるまでの10分間で勇牙ゆうがは4点を獲得した。


 見下していた人間が急に成長し気まずい気持ちもあったが、それ以上に、努力の報われる姿に希望を感じていた。来年は勝てる。その時は、そう思っていた。



・・・



 上空に飛び上がった勇牙ゆうがが技を放つ。俺に希望と絶望を与えた技が飛んでくる。この技を否定する。お前の努力を否定する。そして、あの日終わった俺たちの物語を完全に終わらせる。


 倒壊寸前の廃工場を背後に宿し、迫りくるアギトを迎え撃つ。足元に生成した武骨なレバーが苦しそうに軋むのを無視し強引に踏み倒す。大口を開けたゲートから放たれた巨大な廃棄建材が次々とアギトに襲い掛かる。不要だと捨てられた瓦礫どもが無限に押し寄せてくるその様はまさに、


理不尽への反抗リジェクトライオット


 完全に勢いを殺されたシュートは、ころころとキーパーまで転がっていった。悔しそうにこちらを睨む勇牙ゆうがの目には、まだ抗う意思が灯っていた。


「俺程度に止められる奴が、一丁前に睨んでんじゃねぇよ」


 これで諦めてくれていれば、それで良かったのに。その諦めない意思を妬みながらも、諦めないでくれたことにどこかホッとした。何ホッとしてんだ。ここで終わらせる。勇牙ゆうがの夢を打ち砕く。何度打ってこようと全部止め切ってやる。


(その程度で打ち砕けるはずがない)


 自身の行いの拙さに余計な思考がよぎる。……チームがあれば、勇牙ゆうがが歩みを止めることはないだろう。勇牙ゆうがだけでなく、このチームを打ち負かさなければいけない。


 だが、俺があの守りを突破できるのか?勇牙ゆうがですら突破できない守りを、才能に恵まれたやつらを。


 不可能だ。だから、勇牙ゆうがだけでも……。消極的な考えを振り払うために、力任せに前線へボールを蹴りこむ。勇牙ゆうがを止めればいい。


(それが何になる)


 勇牙ゆうがを止めればいい。


(逃げるな)


 勇牙ゆうがを止めればいい。


(お前は何がしたいんだ)


 勇牙ゆうがを…止めれば…。


(一緒にサッカーしませんか!)


 ふと目に入ったまことによって、変な記憶が掘り返される。初対面で、しかもガラの悪い人間に最初にかける言葉がそれかよ。それができれば苦労しないんだよ、と軽く笑い飛ばす。


それが…できれば…?


…くそが。


本当に、うるせぇんだよ。


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