第38話 背番号3番 黒血 勇牙

 リスタートの笛が鳴る中、黒血くろち 勇牙ゆうがは大きく息を吸い込んだ。吐きだされた息が、彼の体から臨場感を取り除いた。その行為は、先ほど彼が見せた、五感に全てをゆだねるような深い集中を途絶えさせてしまう行為に思われた。少なくとも、リスクはあった。だが、彼はそのリスクを取ってでも、より高濃度の臨場感を嗅ぎ取りにいった。達観した視点の中でさえ、体が飢え焦がれる熱が彼の目前に広がっていた。一度その熱へ手を伸ばしたからこそ、より強く彼はその熱を求めた。


・ ・ ・ ・ ・


 俺は馬鹿で、要領も悪かった。基本感覚的に好みなほうへ進んでいった。ずっとサッカーを続けてたのも、なんとなく好きだったからだ。努力や積み上げた時間が人生に意味を与えるなんて考え方はしたこともなかった。


 そんな俺が、馬鹿なりにいろいろ考えるようになった。人とサッカーをするようになって、時間とか努力が自分だけで完結しなくなったからだ。自分が果たすべき役割とか、人に迷惑をかけない方法とか、会話術とかいろいろ。


 はじめはそれで良かった。今までやってこなかったことをやったおかげで、技を習得することもできたし、仲間もできた。けど、馬鹿なりに考えるようになったせいで、その成功に固執してしまった。


 それが理解できた後も、何かが変わるわけではなかった。なぜなら、その成功に至るまでの時間や努力を捨て去ることに、恐怖を感じるようになってしまったから。心は行けと言っているが、頭は行くなと言っている状態。そんで、出来の悪い頭を無駄にぐるぐる回して時間をどぶに捨てた。


 そんな考えが少しだけ晴れたような感じがした瞬間があった。ふうのダーツの話を聞いた時だ。成功はダーツの中心を狙うように上下左右にバランスを取りながら進むものだっていう話。あれを聞いて、今からする行動は過去を切り捨てるというわけじゃなく、バランス調整のために使うだけだと思えた。


 そんで何もかも吹っ切れた今。もう恐怖はねぇ。というか、17?8?年間やってきた俺にこんだけの価値しか与えられない努力だとか時間っていうのは、大した価値持ってないんじゃねぇの。いや、こんな変な理屈こねる必要ねぇな。努力や時間が俺に意味を与えてくれるっていう受け身の姿勢が気に食わねぇ。努力にも、積み上げた時間にも、それを共にした仲間たちにも、全てに意味を与えるのは俺自身だ。


 だから今この瞬間、熱狂の中心へ飛び込め。


・ ・ ・ ・ ・


 奇しくも先ほどと同じ形が生まれた。攻防が切り替わる狭間に現れる怪物 日元ひもと まことが、大国天原おおくにてんばらからボールを奪い、それを嗅ぎつけた勇牙ゆうががスペースへと駆け込む。放たれたシュート性のパスが勇牙ゆうがへと渡る……かと思われた。


 まことから勇牙ゆうがへのパスを見越したかのように、大国天原おおくにてんばらの選手がパスをカットした。


 vanguard陣営が薄々まこと勇牙ゆうがラインが希望になるかもしれないと感じていたのと同様に、大国天原おおくにてんばら陣営も彼らが絶望になり得ることに勘づいていた。そして、わずかではあるが優勢だった大国天原おおくにてんばら陣営は、そこに人を割くことができた。


「お前を警戒しないわけがないだろう。」


 全てを見越したかのような完璧なパスカットは、大国天原おおくにてんばら陣営全員がまことへそう言い放っているかのようだった。作戦通りと言わんばかりに前線を上げる南方みなかた天津あまつへボールを渡すために、パスカットした大河内おおこうちまことと対面する。己が冒したリスクによってチームがピンチになることを防ぎたいまことだったが、その結果は火を見るより明らかだった。


「やられっぱなしだと思うなよ。」


 技を前にしてはあまりに無力なまことは、意図も容易く大河内おおこうちにいなされてしまった。希望が一転、喉元に掴みかかってくる絶望となる。自陣最奥で構えていたごうは、敵味方入り乱れる中央部へ参戦することができず、残されたきずな神住かすみの主力2名は、先ほど敵の主力2名に敗れている。まことも抜き去り完全フリーとなっていた大河内おおこうちは、ただ前線の2人へボールを放り込むだけで勝利に貢献することができる状態だった。

 

 故に、油断が生じた。


 主戦場から離れた位置でボールを持った大河内おおこうちへ、1人の男が接近していた。頼りがいのある背中に、威厳のある顔。両手にグローブをはめ、たった一人だけ違う色のユニフォームを着ているその男は、GK 金獄きんごく 仁王におうだった。数瞬前の大河内おおこうちの発言に応えるように、


「それはこちらのセリフだ!!」


 と、スライディングを仕掛ける。まこと勇牙ゆうががリスクを冒したように、この男も特大のリスクを冒していた。リスタートの笛が鳴るや否や、敵の1人が浮き駒になったのを見つけた金獄きんごくは、主戦場の熱気に身を潜めるようにゴール前から姿を消した。もとよりシュートを打たれてしまえば止められない自分の存在意義は、ゴール前に無いと判断したのだ。


 それが功を奏し、大河内おおこうちが敵ゴールへ送り届けるはずだったボールは、後方の勇牙ゆうがのもとへ弾け飛んだ。


「やれ!!黒血くろち!!!」


 希望は再び、FC vanguardへ舞い降りた。


・ ・ ・ ・ ・


 仁王におうの旦那、あんたカッコよすぎるぜ。


 加速していく熱狂に身をゆだねた勇牙ゆうがの昂りは、指数関数的に増加していった。その勢いのまま、転がってくるボールを待ち構えるように大きく足を振りかぶる。勇牙ゆうがの周囲には、まるで円卓の騎士のように、鋭い牙たちが天へ剣を突き立てていた。


 努力、時間、そして仲間たち。その全てに意味を与えるっつうなら、こいつらが信じた過去を超えてみせろ、黒血くろち 勇牙ゆうが


 ギャリギャリギャリと、意志を持ったチェーンソーが獲物を食らうようなけたたましい音と共に打ち上げられたそれは、勇牙ゆうがの過去の技だった。対となる大顎が、飢えた獣のように猛進してくる。その蹴り上げたボールを迎え撃つように上空へ飛び上がった勇牙ゆうがは、その過去を叩き潰すために、全身を捻り力を溜めていた。


 まことの真似から始まったかかと落としによるシュート。それを真似ではなく、自分のものにするだけの意志を勇牙ゆうがは持つことができた。


 全身を開放し、回転のエネルギーと振り下ろしの力を足し合わせた蹴りが、過去とぶつかり合う。その最中、時代を象徴する天才に言われた一つの言葉が脳裏をよぎった。


(古い存在はさっさと絶滅したほうが良いぞ。新しい時代の枷となる。)


 かつてしたほうが良いとまで言われた蛮勇は、今日ことのときをもって、勇猛な牙となった。


終焉の流星ディマイズ メテオ


 過去の獣たち、時代すらも滅ぼした巨大隕石が、大国天原おおくにてんばらゴールへと悠然と襲い掛かる。全身全霊を賭してそれを防ごうとする人類を嘲笑うかのように、技の衝突で削られた欠片がパラパラと舞い落ちていく。


3-2


 無慈悲なホイッスルが鳴り響く。


 試合終了まで、残り10分。

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