第46話 試合開始

 メンバー全員が将皇しょうこう学園との接触を経験した。それによって、士気を高めた者と、進むべき道しるべを見失ってしまった者が生まれた。その状態で試合までの三日間を過ごした結果……


「皆不安そうだね。」


 ロッカールームに集まったメンバーを見て、きずながそう言う。かくいうきずなも、初めての試みをするときのようなワクワクと不安が入り混じった感情を抱えていた。


灯理ともり。事前に練習しておいた作戦の修正とかはある?」


 きずながそう聞くと、灯理ともりが作戦の確認も兼ねて話し始めた。


将皇しょうこうは、全体的にバランスの取れたチームですが、こちらの火力に個で対応できるような選手は少ないです。なので、FWの3人を起点に攻めの形を作り得点を取っていくというのが練習した形でした。」


 「ですが……」と言った後の灯理ともりの口調は、いつもの理路整然と話す姿からは考えられないほどに不安げだった。


「敵もその形を予想して対策を組んでくると思うので、まずは様子見を……。いや、幸運に賭けるなら、初手から全力で……。でも、それで失点したら……。けれど、チャンスはそこしかないかも……。」


 と、尻すぼみに小さくなっていく声と共に、1人でぐるぐる考え始めてしまった。行き場を失った空気が場を漂う中、かけるが小声で吽犬うんけんに話しかけている。


「おい吽犬うんけん。お前なんか不安あんならとりあえず神住かすみにくっついとけよ。」


「……神住かすみさんと喧嘩したから……。」


「いぃ!?なんでそんなことになってんだよ。」


「僕にも分からないよ……。」


 この空気をどうにかする糸口はないかとかけるが藪を突つくが、想像だにしない蛇が飛び出てきて頭を抱えてしまった。当の神住かすみは、我関せずといった様子で靴ひもを結んでいる。


 他にも、晴己はるき仁王におうふうが自分の中の不安と向き合うように頭を悩ませている。その姿に影響を受けて、他のメンバーもなんだか不安になってきたようだ。どこか浮足立った空気に変わっていく。


 そんな中、きずなは落ち着いていた。他の人が不安そうな姿を見ると逆に落ち着くというのもあるが、メンバーたちの不安が、新しい試みが成功するかどうかの不安であると感じていたからだ。だから、その不安を少しでも払拭してもらうために、全員に言葉をかけた。


「君たち全員の決断の責任は、全て、キャプテンである私が負う。」


 その言葉は、きずなの予想通り、そこまでメンバーに響いていないようだった。大した強さの無い人間に、責任をなすりつけられるほどこの場にいる人間は残酷であってくれなかった。それをにこやかに受け止めながら、「そして……」ときずなが言葉を続ける。


「私はこの試合で、君たち全員に、私が真にキャプテンであると認めさせる。」


 「だから、見ていてくれ」と言ったきずなの言葉に応えるように、バラバラだった全員の視線が1つにまとまった。まだ不安は残ったままだろう。けれど、先ほどまで個人の集まりでしかなかった集団が、チームの存在を再認識した。それだけで十分だと、きずなは胸を張ってフィールドに向かった。



・ ・ ・ ・ ・



 将皇しょうこう学園控室


「瞑想やめ!」


 大文字だいもんじ監督の声が響き渡る。


「ちゃんと集中できてるわね?まさか、まだ前の負けを引きずってるチェリーボーイはいないでしょうね?」


 監督のその問いかけに、将皇しょうこうの選手たちは沈黙で答えた。負けたことによる悔しさの炎は燻ったままではある。だが、目の前の敵が見えないほどにその炎に呑まれているわけではない。そう言いたげな、熱と平常心を共存させた目をしていた。


「素晴らしい。それじゃあ試合前の運試しといきましょうか。カモン!博徒バクちゃん!」


 そう呼びかけられた博徒ばくとが、突如3つのサイコロを振り始めた。お椀の中のサイコロの出目は、4、6、6。チンチロリンのルールに則れば、役は4だ。ぼちぼちといった結果に、場の全員もぼちぼちの反応を示す。


「相変わらずこっちの運は微妙なのねぇ、博徒バクちゃん?」


「形式が良くないっすよ。もっと熱くなれる賭けじゃないと。」


「なら、こうしましょうか。賭けるのは相手と自分の未来。賭けに勝った者は、現在勝者側トーナメントを駆け上がる英熱えいねつと、私たちを敗者側に落とした陽陰よういんの2校と戦う権利が与えられる。どうかしら?」


「敗者側決勝勝たなきゃ1校で終わりじゃないっすか。」


「勝つために、FC vanguard彼らが強くなる種を蒔いたのでしょう?」


 「良い賭けだと思うわ」と、監督が言う。ただ勝つだけでなく、強くなった相手を超えて勝つという勝利条件を改めて共有したことにより、選手たちに期待と高揚感が沸き上がった。その様子をゆっくりと確認した監督が、いよいよ試合だと喝を入れるように通る声で話し始めた。


「さて、お喋りはここまでにしましょう。作戦チェックの時間よぉ!幽玄ユウちゃん!私たちが最も警戒すべきことは!?」


黒血くろちごう日元ひもとのスリートップです。」


「その通り!じゃあ、黒血くろちくんとごうくんへの対策は?不知火シラちゃん!」


黒血くろちくんはマンマーク。ごうくんはパスカットで対策します。」


「Great!天帝てんていちゃん対策の予行練習と思って、シュートを打たせることなく完封しないさい。ただし、そのパス回しで日元ひもとくんのカットが怖いわよね!?どう対策しましょうか、ともえちゃん!」


日元ひもとくんにはマークを付けません。大国天原おおくにてんばら戦でそれが無意味だと分かったので。そして、パス回しは基本空中に浮かすように行います。大国天原おおくにてんばら戦の最後、オーバーヘッドで無理矢理パスをしたのは、着地まで待っていたら技に飲み込まれるからでしょう。宙に浮いた日元ひもと君はただの無能力者で、驚異的な地のサッカー力も意味を為しません。」


「Cool!日元ひもとくんは片手間で対策するぐらいの扱いがベストアンサーよ!じゃあ最後に、六道リクちゃん!前半戦の全体方針は!?」


「まずは、個人で戦う。群で戦うに相応しい相手か見極めるために。」


「完璧ね。相手が強くなってないようなら、当然のように個人技で完封してしまいなさい。もし相手が相応しい敵だと感じたのなら、群の戦略に移行するわ。細かい指示は試合中に出すわ!さあ!ドンと胸張って戦っていらっしゃい!!」


「「「はい!!」」」


 将皇しょうこう学園の選手たちは、軍隊のように勢いよく作戦会議を終えると、監督の号令で一斉に入場ゲートへ向かった。彼らが整列するその姿は、その横に並ぶFC vanguardが、寄せ集めの烏合の衆に見えてしまうほどに、群としての格を漂わせていた。



・ ・ ・ ・ ・



 これまでとは比較にならないほどの大きな歓声と共に、選手入場のアナウンスが始まる。


『絶好のサッカー日和!!このスタジアムを埋め尽くすオーディエンスたちを魅了するのは、もう後がなくなった敗者たち!!互いに48点という残酷な現実を突きつけられた者同士、彼らは一体何を思い、何をぶつけ合うのか!?死闘に身を投じる挑戦者たちに、実況直々にエールを送らせてくれぇ!!』


 より一層熱を増す歓声と共に、両チームがフィールド中央へ向かう。


『東コート!!時代が生んだ怪物、英熱えいねつ高校。その時代に抗い続けた猛者たちの存在を知ってるか!?毎年生み出される英熱えいねつ対策は、着実に王者の牙城を切り崩してきた。誰もが期待しているだろう!彼らの勝利を!!誰もが疑わないだろう!彼らの強さを!!時代が望んだ挑戦者!!無冠の帝王!将皇しょうこう学園!!』


『西コート!!もはやこいつらを雑魚と呼ぶ人間は存在しないだろう!!劇的な一回戦を終え、下馬評をひっくり返すような怒涛のルーザーズラン!!その様はまさにvanguard!!急成長する時代の先駆者たちは、勢いのままに帝王を打ち破ることができるのか!?期待の超新星!FC vanguard!!』


 コート中央で向かい合った両者は、歓声で雑念がかき消され、純粋な闘志だけを宿した目で互いの存在を確認した。


『レジェンドリーグ、敗者側準決勝!!試合開始です!!』


 天高く鳴り響くホイッスルと共に、挨拶を交わしポジションにつく。冷たい血液が流れるような緊張感の中、敗者側準決勝が始まる。



* * * * *


武です。


こちらが2024年最後の一本となります。2023年から執筆を始めた本作ですが、想像以上に多くの人に読んでもらえてほんとにうれしいです。初めは、自分自身が満足する作品を自分で作ってしまおうという意気込みで書き始めたのですが、こんなにもいろんな人に作品を楽しんでもらえて新しい作品作りの楽しさに触れられました。本当にありがとうございます。


なんか今年中に完結したいみたいなことを言った気もしますが、書いてるとどんどん長引いちゃって嬉しい悲鳴が出てしまいます。これまでどおり、予想は裏切ることなく、期待は超えていくような創作を目指していくので、よければ暇なときにでも立ち寄ってください。


2024年もありがとうございました。良いお年をお過ごしください。


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