第22話 天変地異
「じゃあ、
「うん、気を付ける。何から何までありがとね。」
幸いにも
「母さん?」
「
やることを終えて家を出ようとしたところ、2階の寝室から
たくさん背負わせてごめんね。力になれなくてごめんね。謝罪の言葉は無限に湧いてくる。けれど、そのどれもが
「私の為にずっと頑張ってくれてありがとう。」
もう膝をつかなくても目線が合うようになった息子にそっと近づき、感謝を伝える。見開いた目を落ち着かせるように、ゆっくりと頭をなでる。少し癖のある髪が小気味良く手を押し返してくる。
「でも…俺は…。」
「分かってるよ。誰が何と言ったって、あなたは自分のことを許さない。きっとこの先も、過去を思い返して自分を痛めつけるのでしょう。」
無言の
「そんなとき、1つだけ思い出してほしいの。」
屋敷生活の中で、ずっと伝えたいと思っていたことがある。
「失敗も成功も、恥も魅力も全部含めて、あなたの生き様ごとあなたを愛してる。」
「あなたがあなたを許せる日まで、私が私を許せる日まで、少しだけ遠くに行ってくるね。」
「……うん。」
「元気でね、
そして、私はいったん
・・・
あれからざっと一年ぐらい。高校二年生の終わりごろの話。
「良いシュートを打つね。」
不意に声をかけられて驚き振り向く。暗くてよく見えないが、どこか育ちのよさそうな人間がそこにいた。
「君、もしよかったら私のチームに入ってみないかい?」
素性の知れない男は、突拍子もない提案をしてきた。なんなんだこいつは。
「…誰だ?」
「おっと失礼した。私は
「どう?一緒にやらない?」と、こちらの顔を覗き込んでくる。
「やら…」
「まぁまぁ返事は焦らなくていい。今日はあいさつ程度のものだからね。いつもここにいるのかな?また明日も来るね。じゃあまたねー!」
「やらない」と言い切る前に、
・・・
あれから
「なぜこんなことをしてるんだ?」
「…半分は自分のため、半分は大切な人たちに報いるため、かな。」
それを聞いて、ただの娯楽ではなさそうだと考えを改めた。でも、また誰かと楽しくサッカーをしてる自分を許せる気分にはなれなかった。と、今日も誘いを断ろうとしたら、
・・・
ある日、
「
『あ、
「そんなことより何で…。俺との接触は禁止されてるんじゃないのか?」
『あ~、まあいろいろあって、銀河さんが見張りを蹴散らしたりとか~、ま!久々に話せたならいいじゃないですか!』
なんだか不穏なワードが聞こえたが、そこを掘り下げる以上に大事なことがある。見た目の割には軽症で済んだそうだが、それにしても痛々しい額のあざ。
「ごめん。」
あの日からずっとため込んでた言葉が漏れた。もっと誠意を尽くした謝り方があるだろうに、それを考えるよりも先に言葉が漏れた。
『こちらこそすいませんでした。
「何を…!
『いーえ、その努力の結果
「だから…」
やいのやいのと相手を擁護し、自分の悪さを主張する不毛な論争が続いた。「ふ~む」と、決着のつかない論争に
『鉄則そのいくつか!罪と善悪は別である!』
「なんだ?」
『分かりやすく整理しましょう。まず、
「あってるけど…。」
『そして、俺はその罪を許しました。
「勢いが…。」
『次は
「もちろん許す。」
『ありがとうございます。次に、
「ずっと善人だよ。」
『そうですかそうですか。よし!!これでこの論争は終わりです。あとは自分自身との戦いですからね。』
「そうだな。」
とても建設的な話し合いのようで、どこか力技な結論に笑いが漏れる。
「鉄則うんたらってのは何なんだ?」
『俺の掲げる「生きやすい世界」を作るための鉄則です。』
「そういえば言ってた気がするな。」
いろいろと緩んだ空気のなかで、ふと気になったことがある。
「
屋敷に入った時から
「また、
ドクンと心臓が脈打った。何か言葉を返さなければと思ったが、その言葉が出る前に
一転静まり返ったリビングで、考え事をしていた。思いに応えることと、自分を許さないことは両立できるのか。自分を許してしまえばいいのではないか。自分を許して、楽しくサッカーをすればいいじゃないか。…それで済むならこんなことにはなっていない。ただ1つ確かなことがある。俺は、サッカーをしなければならない。
・・・
あれからいろいろあった。
だから今日、俺は結果を出さなければいけない。俺を支えてくれた全ての人に報いるために、勝たなければいけない。
「
なのに今、俺は何も為せてない。誰の期待に応えることもできていない。
「もしも~し。
原因は全てわかっている。自分が自分を許せない。頭では進めと号令を出しても、魂がそれを阻害する。
「え、噓でしょ?俺声出てなかったりする?しないよね?」
自分の周りの大事な人たちはみんな俺のことを許してくれている。一緒にサッカーをしようと言ってくれている。なのに、なんで……
「必殺!」
「ふぐぅお!?」
突如、肛門からするどい一撃が突き刺さった。振り返ると、そこには
「お前…いきなり何すんだ…。」
「小学生の頃の必殺技だよ。割と良いキレしてただろう?」
「今そんなことしてる場合じゃないだろ!」
「後半始まる前の今だからこそだろ。」
意味が分からない。どんな状況でもカンチョウであるべき場面など無いのに、今だからこそな訳ないだろう。
「
そう言われて隣にいた
「それがお前のしたいサッカーか?」
「違う。」
こんな顔をさせるためにやってるわけじゃない。苦しんだわけじゃない。
「じゃあ、
「……分からない。」
何も分からない。ずっとそうだ。ぐるぐる考えるばかりで何も分からない。
「だけど……」
筋道立てた理屈があるわけではないけど、それができるとも分からないけど、ずっと、ずっと、俺は……
「サッカーがしたい。」
理想など無くても、俺はサッカーがしたい。初めて家族でボールを蹴った時のように、
「なら、手を貸すぜ。」
「1人じゃサッカーはできないからな」と言うと、
「
先ほどまでとは打って変わって決意を固めたような表情で
「やりましょう、サッカー。」
「あぁ、やろう。」
そのために、今日ここで、トラウマを、自分を超える。
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