第24話 ただいま

 ゴーグル越しでも太陽の光はとても眩しく感じる。つばぜり合いに負けて倒れこんだ体を起き上がらせる気力が湧かない。こんなふうに終わるのか。

 

「おい。」


 声をかけてきたのは神住かすみだった。倒れこんだ俺に手を差し伸べてくれている。仕方がないからその手を取って立ち上がる。


「サンキューサンキュー。」


 背後にいる仲間たちのほうへ振り向くことができない。これが最後の試合になるやつだっていたというのに、俺の暴走のせいで全てを出し切れなかった者もいるだろう。仲間が俺を許してくれるのは分かっている。けれど、後悔が次の行動を妨げる。


「残酷だよな。」


「え?」


 しばらく何も言わず目の前で立ち止まっていた神住かすみが口を開いた。


「自分の罪はいくらでもあるというのに、誰もそれを責める者がいない。いっそのこと責めてくれたほうが振り切れることもあるだろうに、それをしない人間性が自分の罪の意識を加速させる。」


「…ほんと、そうだな。」


「過去を振り返ってるうちに、また新しい罪を重ねることもあるだろうな。」


「…しんどいな。」


「そうだな。だから、俺が手を貸してやる。」


「手を貸す?」


「そうだ。お前が、お前の生き様が覚醒させた俺がこの大会で優勝する。お前の生き様を、お前の過去を肯定する。だから、お前は精一杯未来に手を伸ばせ。」


 ゴーグル越しでも分かるほどに熱い言葉が、俺の胸を打った。過去は俺に任せて、お前は未来へと進めと言える傲慢とも思えるその態度が、胸をすっきりさせた。


「なら、お言葉に甘えて託させてもらおうかね、俺の生き様を。」


「任せろ。」


 そう短く告げると、用が済んだように神住かすみは去って行った。


「精一杯未来に手を伸ばせ、か。」


 ゴーグルを外し、仲間のほうへと目を向ける。泣いてる者、天を仰ぎ現実を受け入れようとする者、立ちすくんだまま呆然としている者。全員の心が前よりも良く見えた。後悔も決意もなにもかもが自分のことのようになだれ込んできた。ずっと追い求めていた視界を埋め尽くすほどの豊かな海はここにあった。本当に、綺麗で感動的で、苦しい時もあったけど楽しくて、ずっとこんな時間が続けばいいなって……


「まったく、見えすぎちまうな。」


 少しおどけるように言葉を発してみたが、その声も震えていた。本当に、こんな潤んだ視界じゃ……


「前が、見えねぇや。」



・・・



 神住かすみは、試合が終わった流れのままお屋敷に来ていた。運がいいことに、正面玄関の近くでおばさんと母さんが話をしていた。母さんの隣には、以前阿狛あこまの隣にいた分家の偉い人もいた。


「…ですので、天地あまつちの屋敷追放は取り消してください。あの子が過去に苦しみ続けないためにも、お願いします。」


「家としては認めます。あなたにはその程度のわがままを言えるだけの実績と信頼を積んできましたから。けれど、私個人としては違います。一度失敗した人間は繰り返すものです。」


「…。」


「えぇ、その反応が正しいでしょうね。あなたが何かを言うべきではない。ですので、本人に聞いてみましょう。」


 俺の存在に気づいていたおばさんが、俺を敷地内へ招き入れた。


天地あまつちさん。あなたが再びあのような失敗を繰り返さない確証はあって?」


 母さんが心配そうな顔で俺のほうを見ている。あの頑固なおばさんに認めてもらえるほどに母さんは頑張ってきたのだろう。それも全て俺の為に。感謝は結果で示す。


「俺一人であれば、再び同じ過ちを繰り返すと思います。けれど、俺はもう一人じゃない。道を逸れれば振り向かせてくれて、立ち止まれば手を引いてくれる、そんな人たちが俺の周りにはいます。だから、失敗することはあっても、罪を繰り返すことはもうありません。」


「…そうですか。」


 一言だけ残して、おばさんは屋敷の中へと帰っていった。「俺はお邪魔かな?」と、分家のおじさんも去って行った。周りから人がはけ切る前に、母さんは俺の近くへやってきた。


天地あまつち、あなたもう大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。」


「そう…。無理はしてないのね?」


「大丈夫だって。」


 久しぶりに会ったこともあってか、俺の成長を確かめるように頭をなでながら心配してくれる。さすがに少し恥ずかしいので、なでるのを止めさせた。何から話そうかとアワアワしている母さんを落ち着かせるように声をかける。


「母さん。」


「はい。」


 ずっと言えてなかった言葉を、母さんの目を見ながら一語一語を噛みしめるように伝える。


「ただいま。」


 その言葉を聞いた母さんは、緊張がほぐれたかのように体を緩ませた。そして、ゆっくりと抱きしめるように声を発した。


「おかえり、天地あまつち。」


 目を潤ませた母さんは、笑っていた。 

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