第27話

夕方。

俺はまだライブハウスに居座っていた。リオさんと話をつけるためだ。正直まだ気まずさは残ってる。独断で動いたことを咎められるかもしれない不安だってある。けど、それを理由に逃げるわけにはいかない。これが俺の後悔しないための選択なのだから。

 時計の針が十六時を指したころ。静かなライブハウスに、来客を告げる音が鳴る。ギターケースを提げたリオさんだ。リラックスした雰囲気で店に入るが、すぐに俺と目が合う。突然の再会に、彼女は身をこわばらせた。

「タカ……」

「えっと、その……お久しぶりです」

 心構えはしていたつもりだったが、言葉が詰まってしまう。

 お互いに見つめ合ったまま硬直状態が続く。それが余計に室内の空気を重くしていた。

「とりあえず座りましょうよ。ね?」

「あ、あぁ。そうだな」

 ハッと我に返ったように、リオさんは歩を進める。俺の隣に腰かけると、彼女は落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回していた。この様子じゃ、彼女から何かを切り出すことは期待できそうもないだろう。

「この間は本当にごめんなさい!」

 立ち上がり、彼女に向かって頭を下げる。視界の端に見える彼女の靴が、こちらへと向いているのがわかった。

「俺、自分に自信がなかったんです! だから、自分自身を……あなたの認めた藤原孝明

を否定するようなことばかり言って……」

 今、彼女はどんな顔をしているのだろうか。それを確かめることはできないけど、悲しい表情をしていなければいいなと願ってしまう。

「本当に自分勝手だったのは俺のほうなんです。俺、俺……」

 何から伝えればいいのか。それがわからなくなって。感情が先走ってしまいそうになる。それじゃこの前の二の舞だ。たとえ非難する意図がなくたって、この謝罪は自分でしっかりと考えた言葉で伝えたいのだ。

「いいよ、顔上げなって」

 そうやって必死に思考を駆け巡らせていると、リオさんの声が降ってくる。その言葉を受け恐る恐る顔を上げると、リオさんは笑っていた。

「アタシの方こそ、タカのことを何も知らないくせに好き勝手言っちまった……本当にごめんな?」

「リオさん……」

 「そんなことはない」と言いたかった。けれど、それを言うこと自体が彼女の謝罪を否定してしまうのではないか。そう思うと、何も言えなかった。

「アタシも変に意地張ってたし。それに……」

「それに?」

 リオさんがじっと俺を見つめる。

「やっぱりアタシにはタカが必要だ。アタシの自由を尊重してくれて、一緒に歩いてくれる……改めて一人になってさ。思い知らされたよ」

 こんな風に思ってくれていたなんて……。思わず目頭が熱くなった。こぼれ落ちないように、必死になって目をこする。

「よーし、お互いに謝ったしこれにて解決! おめでとー」

「……アンタは少し空気を読めっつーの」

 言葉にとげはあるが、口元は綺麗な三日月を描いていた。俺がここに来なかった間もリオさんはここに通っていたはずだ。彼が俺たちのことを気にかけていることは、いやでも肌で感じていただろう。

「それじゃ、仲直りも果たしたことだし……本題に入ろっか」

 そう言いながら、店長が俺のほうを見る。一人だけ事情を知らないリオさんは、俺たちを交互に見ながら黙っていた。

「そうですね……あの、怒らないで聞いてほしいんですけど」

「なんだよ、せっかく元通りってときに」

「デビューの話、もう一度チャンスをくれないかって会社に電凸しちゃいました」

「はい?」

 話を聞いてリオさんがまず見せた反応は驚きだった。そりゃそうか。自分で蹴ってきた話を他人が掘り返すなんてそうそうないことだ。どれだけ諦めてほしくないと言ったって、普通なら本人を説得してから進めるものだし。

「けど、俺のことを捨ててなんて言うつもりはありません。今度は俺も売り込むつもりです」

 とにかく、彼女が首を縦に振らないことには始まらない。順序はめちゃくちゃだが、ここが天王山なのだ。

「次の新曲、それを聴いてから判断してほしいって。そう言ったんです。条件つきで了承も得ちゃって……でも、これが通れば俺もついていけるかもしれないんです」

 あくまで希望的観測だ。俺も一緒にデビューができるなんて保証はない。けど、自分でこうしたいと思って進んだんだ。結果がどうなろうとも、後悔はしないだろう。

 だからこそ、リオさんにもう一度だけ立ち上がってほしい。これは二人で進むための、またとないチャンスなのだから。

「……あっははは! そんな大事なこと一人で決めるかよ普通」

「へ?」

 俺が話し終えると、リオさんは腹を抱えて笑い出した。目尻には涙まで浮かんでいる。軽く目をこすりながら、彼女はゆっくりと呼吸を整える。

「はー……こんなに笑ったのは久々だよ」

「いや、そんな笑い話でした?」

「あぁ、笑い話だったよ……で、条件ってのは?」

 一息吐くと、彼女は要の部分へと突っ込む。

「次のライブで新曲を使うこと。そしてチケット完売です」

「ハコは?」

「他の詳細は後日向こうから送られるそうです」

 正直、またしても怒られるのではないかとヒヤヒヤした。この条件が、彼女を縛るということになりかねないからだ。今になってその可能性に気付いてしまったが、もう遅い。何を言われても、文句は言えないだろう。そう身構えたが、不意に彼女の口角が上がる。

「……いいね。やっぱあんた、最高にロックだよ」

俺を指さしながら、彼女はそう言った。その姿に思わず鳥肌が立つ。

出会った頃の鮮烈な光にさらされたような気分だ。

「怒らないんですか?」

「なんで?」

「いやぁ、さっき言ってたみたいに全部一人で決めちゃってたんで」

「怒らねぇよ。それに、相手の土俵で一泡吹かせてやったほうが気持ちいいだろ?」

 リオさんの口角が少し上がる。闘争心に溢れた、ギラギラとした表情だ。

「タカち、メール来たよ」

 店長が自分のパソコンを見ながら言った。ここで話を出すということは、先方から詳細が送られてきたということだろう。

「お、見せてくれよ」

 俺よりも先に、リオさんがパソコンを覗きに行く。彼女の後を追い、文面に目を通す。

「アルカ芸術ホール……って、結構デカくないですか!?」

 ハコに詳しくない俺でもわかる有名な場所だ。ライブ以外にも、舞台や入学式など様々な場面で利用されてるって聞いたことがある。普段見ているライブハウスよりずっと規模も大きい。

「こんな会場すぐに押さえるって……やっぱすごいねぇ」

「そんな楽観的でいいんですか!?」

「まぁ、決まっちゃったもんは仕方ないし? 日付は……」

 店長の言葉に誘導され、日付に目をやる。

「え、この日って」

 指定された日には見覚えがあった。

「タカち、なんかあるの?」

「これ、審査会の日と丸被りですね……」

 そう、ドンピシャで審査会の日だ。どっちにも参加できればそれが理想なのだが、あいにくと叶いそうにもない。審査会が終わるであろう時間。その時にはとっくにライブは始まっているからだ。どれだけ急いで向かっても、着くのは終盤ギリギリになるだろう。

「んー、じゃあタカちは不参加になるか」

「まぁ、仕方ないんじゃない? その代わり、タカの魂がこもった歌はしっかり届けるからさ」

「はい!」

 本音を言えば、どちらに参加するべきか迷ってしまった自分がいた。けれど、こう言われてしまっては預けるほかない。

「これで全て揃ったね」

 そう言って、彼女は立ち上がる。意気込むように胸元で拳を握ると、彼女は力強い声で一言だけつぶやく。

「こっからがアタシたちのターンだ」

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