第19話
「お疲れー!」
「あぁ……お疲れ」
その日の昼休み。俺はイカちゃんに誘われて近くのラーメン屋へと足を運んでいた。
「にしても、何でラーメン」
「いいじゃん、美味しいし」
眼前には、すでに二人分の料理が並んでいた。いつもなら意気揚々と食すのだろうけど……。
俺のことなどお構いなしに、イカちゃんはどんどん箸を進めているようだが。
「食べないの?」
「いや、まぁ……あんまり食欲なくてさ」
「そっか」
こういうとき、無理に話を掘り下げようとしないのがイカちゃんの良いところだと思う。別に聞かれたって問題はないんだけど、そういう気遣いができるのは素直に尊敬する。
「それにしてもホント助かったよー」
「助かった? 何が」
「いやさぁ、こういうとこって女子一人で入りにくいんだよねぇ……」
「そういうものなの?」
「そういうものなのです。まぁ、私個人の感想なのかもしれないけどさ」
若干早口になりながら、イカちゃんは補足を付け足す。まぁでもわからないことはない。店内の装飾も、かなりゴツゴツした感じだし。厨房の奥から、頑固親父が飛び出してきてもおかしくない。メンタルが屈強な人間じゃないと、一人で来るのには勇気がいるだろう。
くだらない話をしながらも箸を進める。確かに美味い。岩肌をイメージしたような店内とは違い、スープは淡白ながらも繊細な塩味で飲みやすい。透き通った黄金色のスープなんて謳い文句がテレビで流れたりするが、その表現はまさしくこのスープにこそ当てはまるだろう。あっさりとしている分、次の一口がするすると喉を通っていく。普段はとんこつ派の俺だけど、ここの塩ラーメンなら通ってしまいそうだ。
「孝明君さ、今日の放課後って空いてる?」
「え、まぁ……特に予定はないけど」
「ホント!? ならまたライブハウス連れてってよ!」
「あー……それは」
露骨に彼女から目をそらす。そりゃ言ってなかった俺が悪いんだけど、よりにもよってこのタイミングとは。もう少し期間を空けてくると踏んでいただけに、困惑を隠せない。
「もしかして……まずかったかな?」
「あぁ、いや。リオさんは改めて紹介してくれって言ってたけど……」
「けど?」
自分で墓穴を掘っちまった。完全に悪手だ。こうなっては、打ち明けないわけには納得してくれないだろう。
「いやぁ、ちょっとした小競り合いがあってさ……しばらく会ってないんだよね」
「そう、なんだ……なんかごめん」
楽しかった食事の席が、一瞬にしてお通夜モードと化す。これに関しては自分が悪いのだけれど。とはいえ、せっかく誘ってくれたイカちゃんには申し訳ないばかりだ。
「あ、時間……」
「え」
気が付けば、もうすぐ昼休みが終わる時間。そろそろ店を出ないと間に合わない。
味わう暇もなく麺を口に放り込む。スープだけは少し残してしまったけど、また来ることは確定してるから許してほしい。
「ここは俺が出すからイカちゃん先行ってて」
「え、いいよ。誘ったのは私だし」
「いやぁ……今日付き合えない分の埋め合わせってことでさ……ね?」
「うーん……孝明君がそう言うなら。ごちそうさまです」
そう言い残し、イカちゃんが店を出る。財布には大打撃だが、これくらいで今日を精算できるなら痛くもかゆくもない。まぁ、こんな考えで奢るのも大分と問題がありそうだが。
急いで支払いを済ませ、俺も続けて店を出るのだった。
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