第24話

「アッハハ! タカらしいな」

「そうなんですよ!」

 マナとすっかり意気投合したアタシは、ずっと他愛もない話をしていた。こんな友達がいたのなら、タカも少しは気楽だろう。愚痴しかこぼさなかったから心配してたけど、この子がいるなら少しは安心できる。

「茉奈ちゃん、そろそろ帰らなくて大丈夫?」

「え……あ! もうこんな時間」

 事務作業をしていた店長が横から口をはさむ。そういえば時間など気にしてもいなかった。時計を確認すると、もう二十時過ぎ。確かにそろそろ帰らないと危ないだろう。

「ならアタシが送ってくよ」

「そう? それじゃお願いしようかな」

「アタシの心配はしないのな」

 いつも通りの会話をして店を出る。外はすっかり暗くなり、ご飯時を過ぎたストリートは若者で溢れかえっていた。

「マナの家ってどの辺?」

「あ、すぐ近くです。一駅あるかないかのマンションで……」

 それならすぐだ。送ってからまたハコに戻ってもいいだろう。

 二人して黙ったまま、ゆっくりと街を歩く。二人の帰り道を、星空の代わりにギラギラ光る街灯が照らしていた。

「……あ、この辺りです」

「ん、そうか」

 大きな交差点を抜けてすぐ、彼女は言う。立ち止まったのは、学生向けに作られたマンションだった。

「んじゃ、また気が向いたらおいで」

「……孝明君が学校に来なくなった理由。知ってますか?」

 軽口でもたたくように告げ背を向けたが、マナの声を受けすぐに振り返る。

「知ってるのか?」

「はい……」

 その目には確固たる自信があった。ならば、ここで帰るわけにはいかないだろう。実際アタシも興味はある。

 マンションの向かいにある公園のベンチに二人して腰かける。一息ついて、マナはゆっくりと口を開いた。

「彼、あれでも一年生のころはまだ真面目だったんです」

「アイツが? マジでか」

 やる気だけはあると思っていたが、普通に優等生くんだったタチか? 今のアイツからは想像もできないけど。

「私が彼と出会ったのは学園祭だって話しましたよね?」

「あぁ、確か……マナの本をタカたちが買いに来たんだろ?」

 ライブハウスの中で聞いた話だ。忘れるはずがない。彼女が販売していたイラストの本を買ったことがきっかけで遊ぶようになったって。アタシたちだって、曲をきっかけに仲間が増えることだってある。こんな出会い、クリエイターの界隈じゃ珍しくもない話だろう。

「そのときは本当に熱量がすごくて……彼、自分の作った本をくれたりしたんです」

「へぇ……」

 そんな話は初めて聞いた。本を作ることがどれだけの労力なのかはわからない。だけど、タカはちゃんと走っていた人間だった。その事実を知って、胸が締め付けられる。

「……最低だな、アタシ」

「え?」

「いや、こっちの話だ。続けて」

「はい……。それで、しばらくはお互いの作った作品を見せ合ったりとかしてたんです。でも……」

 そこまで話して、マナが言いよどむ。表情も明らかに曇っていた。ここから何かあったということなのだろう。

「去年の冬くらいから、何も見せてくれなくなって……いつの間にか学校にも来なくなってたんです」

「なるほどね……」

 タカが話してくれなったことばかりだ。いや、話したくなかったのだろう。そんなことを人伝(ひとづて)に聞いてよいのかもわからないが、この情報が彼との関係を修復するための手掛かりになる。そんな根拠のない自信が、アタシの理性をせき止めていた。

「で、共通の友達に聞いてみたんです。そうしたら、提出された作品の中で彼の作品が最下位だったって……」

 そう話しながら、彼女の視線はどんどん地面へと向いていく。

「でも、それは真正面から挑んだ結果だろ? それで負けたなら仕方ないじゃねえか」

「そうなんです。けど、そのときに講師陣からもらった講評が問題で……」

 そこでマナは大きく息を吸う。これから言おうとしていることへの最後の準備だろう。そしてアタシと目を合わせると、今一度力強い声で彼女は話した。

「全否定されたみたいなんです。彼の作品」

「……へぇ」

 全否定。そうきたか。批評ってのは、良いところも悪いところも言うから成立するんだ。批判だけをつらつらと話すなんてのは、もはや拷問でしかない。そりゃ、心が折れても仕方ないだろうな。

「で、講評って一人五分とか十分とかが平均的なんですけど、孝明君の講評だけ三十分以上も続いたって……もはやそれ自体が一つの講義みたいだったって話してました」

 正直聞いているだけでも怒りがこみあげてくる。そんなことをされては本当に晒しものだ。実力をつけさせるための指導だってんなら、あとで個別でしたって構わないはずだろう。どちらにせよ傷を負うかもしれないが、まだ幾分かマシだ。若い目を摘み取る行為に等しい。

「お願いです! 孝明君を……彼を救ってあげてください」

 そう言うと、彼女は立ち上がって頭を下げた。見事にきれいな四十五度。

「ちょっと待ってくれ。アタシよりもマナのほうが付き合いが長いだろ? 適任なのはアンタなんじゃ」

「違うんです! 友達の私じゃ……ダメなんです」

 二人とも口を閉ざすことで、辺りがしんと静まり返る。正直マナの言っていることが理解できない。

「友達だから……励ますことはできても、前を向かせることはできても……前を歩くことはできないんです。今彼に必要なのは、彼に道を指し示す人だってわかってるのに」

「マナ……」

 なんとなくだが、彼女の言いたいことが見えてくる。

「つまり、だ。ダチでもライバルでもない。憧れる一人のスターが必要だってことか?」

「はい……」

 スターなんて自分で言ってて恥ずかしくなる。頭を下げていてくれて助かった。見られていたら、きっと顔が真っ赤になっていただろう。

 火照った顔を冷ますために、不必要な間をとる。

「……それでいいんだな? 自分で彼を救えなくても」

「誰が救うかじゃないんです。彼が、誰に救われるかなんです」

 言いながら、彼女は今一度アタシへと向き直った。その眼には覚悟が宿っている。これが彼女なりのロック。そういう風に見えた。なら……。

「わかった。ちょっと一人で考えてみる」

「はい……孝明君のこと、よろしくお願いします」

 その言葉は震えながらも、顔は笑っていた。最後に見せることができる精一杯の強がり。その笑顔を崩さぬまま、彼女はマンションへと歩を進めていった。

 改めて知ったタカの過去。それとどう向き合うかが、今後の道を大きく変えることになるだろう。

 マナの姿が見えなくなった後、アタシは一人夜の公園で星を眺めていた。

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