第25話

「あっはは! で、ドリンクホルダーもらうの忘れたの?」

「ちょっと、笑わないでくださいよ!」

 ライブ終演後。居酒屋で俺と信也さんは席を共にしていた。

 豪快な飲みっぷりで次々とジョッキを空にしていく。にしてもビールばっかり飲んでるなぁ……。人の飲み方にとやかく言うつもりはないけど、なんかサラリーマンみたいだ。

 にしても、あのとき店員さんが言いかけた言葉。ドリンクホルダーのことだったとは。存在は何となく知ってたけど、ああいうのってグッズとして売り出されているものだと思ってた。

「元はといえば、それを説明してくれれば済んだ話なんですからね」

「ごめんごめん。ホンットに時間ギリギリだったからさ」

グラスから手を放し、彼は両の手を眼前で合わせる。

「まぁ、ホルダーは今度俺がもらってきてやるからさ……な?」

「いえ別に……欲しかったわけじゃないですけど……」

「記念にはなるだろ? それよりさ、今日のライブどうだった?」

「それは……すごかったです!」

「だろー! なんたって俺たちは世界一のバンドだからな!」

 彼は得意げに胸を突き出す。顔に出ていないだけで、少し酔いが回っているのか? 妙にテンションが高い。

「で、具体的にどの辺がすごかったの?」

 店員さんにおかわりを注文しながら彼は問う。休憩とか挟まないで大丈夫なのだろうか。

 にしても、今思い返してみてもとんでもないライブだったと思う。あの後も、彼らのパフォーマンスは強烈なものばかりだった。重厚なギター音が鳴り響き、それに合わせてドラムの打音も加速していく。一見固く閉じこもった自己表現になりそうな演奏だが、それを信也さんが駆け回ることで中和する。聴かせ、魅せる。ある意味ライブにおける一つの解答に近いような時間だった。現地で観るのが初めてだからという補正もあるが、そんな補正がなくても感動していただろう。

「あのライブパフォーマンス、本当に衝撃でしたよ。いつもやってるんですか?」

「あぁ、あれ? そうそう。いつもやってんの。みんな盛り上がるし、俺も楽しいし一石二鳥じゃん?」

 なるほど。でも信也さんの言っていることは正しい。それは何よりも他の観客が証明している。前バンドでも十分すぎる熱量があったが、彼らが出てきてからそれは一瞬にして上書きされてしまった。世界を変えるとはまさにあの場面で使うべきだと思えるくらいに。

「で、他のメンバーはどうしたんです? 店にもいないみたいですけど……」

「あぁ、帰ったよ。メンバーって俺以外総じてヘテロ君でさー。最近じゃ一緒に飲んでくれないんだよね」

 不満げに頬を膨らませながら彼は言う。そうは言いながらも、目じりにはシワが寄っている。

「仲良いんですね」

「……まぁね。って言っても、元いたバンドには勝てねぇけどな」

「え、元々別だったんですか?」

「あぁ、ここはちょうど加入して一年になるかな」

 それにしては息がピタリと合っていた。新しい場所で、しかも足並みをそろえて活動するなんて時間のかかることであるはずだ。それには一年という月日は短いだろう。改めて信也さんの実力に感心させられる。

「前のヤツらは同じ大学にいてさ……同じサークルのメンツだったんだよ」

「へぇ……青春ですね」

「だろ! いっつも一緒にいてさぁ……みんな朝弱いから、年度末なんか単位と戦ったりして。あの頃はホントに楽しかった。上京だって、一緒にしたんだからな」

 そういう信也さんの酒の手が止まる。昔を思い出しているのだろうか。先ほどとは違う、優しさのある笑みが場を落ち着かせる。少しの沈黙を置いて、彼はゆっくりと話し始めた。

「自分で言うのもなんだけど、そこそこ人気のあるバンドだったんだぜ?」

「でしょうね……」

 これじゃそっけなかっただろうか。けど、そりゃそうだ。観客を引き付ける演奏ができる信也さんなら、どんなバンドにいても人気になるだろう。

「でも、なんで解散したんですか? そんなにも楽しそうに話すのに」

「それがさぁ……喧嘩別れなんだよねこれが」

 その言葉が妙に刺さる。きっと、無意識のうちに自分の置かれている状況と重ね合わせてしまったんだろう。

「いやまぁ、ギターやってた後輩の芯が太くてさ。せっかくスカウトされたってのに断ろうとしたんだよ」

「それで、言い争いになったってことですか?」

「ま、そゆこと。結局互いに譲らぬままでバイバイってね」

 確かリオさんもそんな風に解散したんだよな。彼女だけかと思っていたが、そういうタイプの人って多いのかもしれない。

 そんなことを考えてしまったせいで、この前のことを思い出してしまう。もしかすると、このまま二度と会うこともなく卒業してしまうんじゃないか。そう考えただけで、胸が締め付けられる思いだった。

「ん、どうした?」

「あぁ、いや……自分も今同じようなことになりそうで。不安になっちゃって」

 つい口からこぼれる。こんなこと言うはずはなかったんだけどな。

「その人も結構芯が強くて……目指す世界は違うけど、俺の憧れなんです。けど、ちょっと今すれ違ってて……」

「へぇ……」

 信也さんは酒を進めながらも、しっかりと受け止めてくれた。周囲の会話をBGMに、沈黙の時間が流れる。残っていたビールを飲み干すと、彼はおもむろに口を開いた。

「ダーメだ、なんもカッコイイ言葉出てこんわ」

「……へ?」

 思わず気の抜けた言葉が出る。励ましとかじゃなくて、カッコイイ言葉なのか。確かにこの人なら言ってくれそうな気がするけど。

「具体的にさ、フジタカ君とそいつはどうすれ違ってるの? それ聞かねえと、やっぱ何も言えん」

「えっと……俺、彼女と曲を作ってたんです。けど、最近スカウトの話が来て。その人は乗り気みたいだったんですけど、俺を切り捨てなきゃいけないって聞いた途端、その話を蹴っちゃったみたいで……」

「ほうほう、それで?」

「俺、ホントは嬉しかったんです。それだけ俺のことを必要としてくれてるんだって。実力なんて微塵もない雑魚みたいな俺を、信じてくれてたんだって」

 話しながら目頭が熱くなる。溢れ出る言葉も涙も、自分の意志で止めることができない。

「でも……彼女が自分の進みたい道を行くことができないなら、俺のほうから突き放したほうがいいんじゃないかなって」

「それで今に至ると」

「はい……」

 自分で説明していて最悪な気分だった。それはリオさんと揉めたことが面倒だからではない。こんなにも自分が荒んでいることを、改めて認識させられているからだ。

「とりあえず君が憧れている人間を知らないから的外れな意見だったらごめんね?」

 そう前置きをしたうえで、信也さんが話し始める。

「多分だけど、その人ってフジタカ君が思ってるよりずっと強くはないよ?」

「え……?」

 そんな言葉が飛んでくるとは思ってもみなかっただけに、言葉を失ってしまう。そんな俺を責めるわけでもなく、彼はゆっくりと言葉を続ける。

「芯が強いってのはさ、言い換えれば自分の現状に満足していないからなんじゃないかな?」

「じゃあ、なおさらデビューしたほうがよかったんじゃ……」

「それも違うよ。君がいるから、君と現状を変えたいと思ってるからそうするんだ。じゃなきゃ元々一緒に活動してないんじゃない?」

「信也さん……」

 それは多分、リオさんが伝えたかった言葉でもあるのだろう。届けることができなかったのは、ほかでもない俺がその道筋を遮ってしまったからだ。

「最悪ですね、俺……」

「人間なんてそんなもんだよ。間違えて大きくなるんだから。にしても……」

「にしても?」

「あぁ、いや。なんでもない。っと、もうこんな時間か。話も一段落したことだし、俺はそろそろ……」

 何かを言いかけたみたいだった。露骨に話をそらされた気がしなくもないが、深く突っ込むべきではないだろう。信也さんの言葉で、男二人の飲み会はお開きとなった。

 店を出ると、飲み会後の集団があちらこちらで村を形成していた。

「すみません、なんか引き止めちゃって」

「そんなことないよ。またよかったらライブ、来てみてよ」

 軽い口調でそう話すと、彼は夜の街へと消えていった。

「さて……」

 一人になって、改めてこれからやるべきことを考える。リオさんともう一度話したい。けど、それよりも先にやらなければならないことがある。



「もしもし、店長?」

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