第8話
「で、まぁこういったキャラクターを描くにあたって……」
昼休み明けの講義はつつがなく進行していた。朝のように何か注目を浴びるといったこともない。ただ、今までの内容が抜けている分メモを取るのには少しだけ苦労していた。
だが、そんなことはどうでもいい。自分の努力で巻き返せばいいだけなのだから。それよりも重要な問題がある。そう、睡魔だ。お昼の後に座学を受けるというのはもはや拷問に近い。朝の講義と入れ替えたほうが集中できるんじゃないか? このカリキュラムを組んだ奴はバカなんじゃないだろうか。意識を途切れさせないように、手の甲をつねったり眠い時に効果的なツボを押す。が、所詮は一時しのぎ。引いたはずの波は、すぐに大きな眠気となって返ってくる。こんなことならエナジードリンクでも飲んでおけばよかった。
「おーい、藤原。聞いてるか」
「え、あー……すみません」
「久々に来て眠いのはわかるけど、ちゃんと聞いとけよー」
どこからかクスクスと笑いが出る。それは友達に向けるような暖かなものではなかった。
「続けるぞー」
何事もなかったかのように講義は再開する。だけど、その内容が脳内に入ってこない。朝の出来事に加え、さっきの嘲笑。息が詰まって仕方がない。リオさんとの約束がなければ、とっくに逃げ出していただろう。曲の完成度を上げるため……そう思い気合を入れなおす。
そうだ。ここで逃げれば、また怠惰に過ごす日々に逆戻りしてしまう。そうなってしまっては、今度こそ自分の人生は地の底まで落ちてしまうだろう。障害が行く手を阻んでも、乗り越えるしか道はないのだ。
「んじゃ、今日は終了。あとは自主制作の時間なー」
講義の開始から一時間。まだ、終了まで三十分あるというのに、講師はそれだけを言い残して教室を後にする。ここでも自習の時間。普段からこんな感じなのだろうか。ほかの生徒はそれに何か言及するわけでもなく、黙々と自分の作品と向かい合っていた。
自主制作ともなれば、午前の講義とは違い作るものに制限はない。となれば、だ。作詞作業を進めるには絶好の機会である。どれだけ疲れていたとしても、周りが作業をしている環境というのは良い。カフェで作業をするように、いつもよりも集中して作品に没頭できる。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「……おい」
だが、そううまくはいかないらしい。クラスメイトの誰かが声をかけてきた。その声色は、こちらを敵視しているかのように刺々しい。
「ん……あぁ、佐伯か」
実力だってバカにできない。在学中から頭角を現していて、去年の審査会じゃ一年生で唯一佳作に選ばれていた。新人賞にも何度も投稿していて、受賞一歩手前まで生き残ったこともあったらしい。
いかにも俺とは正反対の人間だ。そんな奴が用もなく、しかも講義中に話しかけてくるとは思えない。
「お前、なんでまた来たんだ」
「いや、そりゃ講義を受けにだけど……」
「だから、なんで今更そんな気になれたんだって聞いてるんだ」
明らかに好意的ではない、ということはわかる。だが、別に迷惑をかけているわけではなかったはずだ。一年の頃だって、特に接点があったというわけでもない。疑問に思う気持ちは理解できるが、必要以上に敵意を抱かれる原因が見えてこない。
そんな心の声に答えるように、佐伯は言葉を続ける。
「ここにいるやつは、みんな本気でプロになることを目指しているやつらだ。お前みたいに、いつも遊び惚けて気が向いたら講義を受けに来るなんて甘い考えの人間はいないんだよ」
「それは……確かにそうかもしれない。でも、別に俺は迷惑をかけているわけじゃ……」
「迷惑? そんな浮ついた気持ちで講義に臨んで、クラスの士気が下がることが迷惑じゃないとでも?」
何を言っているのか理解ができない。もはや言いがかりレベルである。歓迎されていないにもほどがあるだろう。だが、クラスの雰囲気がそんな暴論さえも正しいと思い込ませてしまう。
「すまないが、もう来ないでくれないか。理由は……言うまでもないだろう?」
自分の言いたいことだけを言って、佐伯はこちらに背を向ける。引き止めたいが、うまく言葉が出てこない。だがここで何か反論ができなければ、それは肯定の意として受け取られてしまう可能性もある。それだけは絶対に阻止しなければならない。
「待ってくれ!」
自分の席に戻ろうとする佐伯が立ち止まる。彼はわざとらしいため息をつきながら、俺に視線を向ける。
「なんだ。話はもう終わっただろう」
言葉と同様の冷たい視線が俺を突き刺す。それをはねのけるように、腹の底に力を入れる。
「確かに、俺は今まで遊びまくって不誠実だったのかもしれない。けど! 一からやりなおすって決めたんだ!」
教室中に響く声は、気が付けばクラスメイトの視線を引き寄せていた。全員が俺たち二人の話を聞いている。
「これから変えていくって決めて今この場にいるんだ! だから、その……もう少しだけ、待ってくれないか? それで何も変わっていないと判断したら追い出してくれても構わないから」
言葉の通り、音が消える。このクラスだけが何か別の空間に投げ出されたような錯覚に陥りそうになる。そんな重い沈黙にも動じず、佐伯は口を開いた。
「……審査会だ」
「え?」
「次の審査会。そこに作品を持ってこい。佳作でもなんでもいい。お前の作品が講師の方々に評価されたら、今日の非礼を全て謝る。去年のお前の作品は酷いものだったからな。評価されるだけで大したものだろう。だが、そこで結果を出せなきゃ……」
そこで彼の言葉が止まる。言うまでもない、というやつだろう。正直なところ、これは生徒間の問題だ。今言ったことなんて無視すればいい。彼に……というより、同じ生徒という立場の人間に認めてもらう必要性などホントはないのだから。
だけど奴の言うことも少し理解できる。俺が遊んでいた間も、彼らは命を削るくらい努力してきたんだ。その中に、何の誠意も見せずに俺が入り込もうなんてのは虫が良すぎる話だろう。それに、ライトノベル学科の全学年が対象となる審査会で結果を出せれば、実力を証明できるという意見は何も間違っちゃいない。
「わかった」
俺は佐伯の言葉に頷く。この四文字が、クラスメイトに対する決意表明の代わりとなる。そこから五秒ほど。佐伯は俺の目を見ると、すぐに自分の席へと戻っていくのだった。
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