第7話
「つ、疲れた……」
肩身の狭い思いをし続け、ようやく昼休み。
結局二限目も作業はほとんど進まなかった。題材にできそうなことをメモしては、これじゃ書けないと消していく。そんな作業の繰り返し。これじゃ何のために学校に来ているのかわからない。
屋上のベンチで一人うなだれていると、スマホに連絡が入る。イカちゃんからだ。
『今どこー? お昼一緒に食べない?』
彼女のメッセージに、ようやく生きている実感を取り戻す。
屋上であることを告げると、五分も経たないうちに彼女はやってきた。
「お疲れー、どう? 久しぶりの学校は」
「生きた心地がしなかったわ……あいつら俺のこと敵視しすぎなんだよ」
「まぁ、ここのラノベ科って村意識強そうだもんねぇ」
軽いやり取りを続けながら彼女は持参していた弁当箱を開ける。ピンクの小さな箱には、ぎっしりとおかずが詰められていた。
「それ手作り?」
「半分はね。さすがに全部ってなると面倒だし」
だとしても凄いな。自炊なんて考えたこともない俺からすれば十二分に頑張ってると思う。
「……あげよっか?」
「え、いいよ別に」
「遠慮しなくっていいよ。お腹、空いてるんでしょ?」
「……それじゃいただきます」
「俺、箸持ってきてないわ」
「あぁ、これ使っていいよ。私気にしないし」
そうは言っても俺が気にする。いやだって女子の箸だぞ? 間接キスになるんだぞ? 彼女いない歴イコール年齢の俺にはあまりにもハードルが高すぎる。
とはいえ彼女の厚意を邪険にするわけにもいかないし……。覚悟を決めるしかない。
「あ、ありがと……」
箸を受け取り、卵焼きを掴む。この動作だけでも手が震えてしまう。落とさないように、慎重に口へと運ぶ。一噛みすると、卵の優しい甘さが口の中いっぱいに広がった。
「美味い……」
「ホント? よかったぁ……家族以外に食べてもらうの初めてだったから正直不安だったんだよね」
思わずこぼれた言葉に、イカちゃんは照れたように頬をかく。二次元上でよく見たシチュエーションを自分が経験するなんて思ってもみなかった。
だけど、お世辞抜きに美味い。一口目が卵本来の甘さだったのに、噛めば噛むほど中から出汁の味わいが染み出てくる。そういう優しい味付けだからこそ、いくらでも食べれそうになってしまう。
「いや、ホントに美味すぎるわ。これどうやって作るの」
「お、聞きます? 秘密はねー、粉末出汁にあるのですよ」
道理で美味いわけだ。粉末を使っているのは弁当に入れることを考慮してだろう。液漏れで鞄の中が大惨事になるなんて避けたいだろうし。普段から料理を作っているからこそ思いつくアイデアというわけだ。素直に尊敬する。
正直講義は地獄のようだったが、こんな瞬間が訪れるのなら学校も悪くないのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。……んじゃ、いい加減聞いてもいいかな? 来なかった理由」
「あー……」
そりゃ聞かれるよな。このまま忘れていてくれたほうが助かったのだけど。卵焼きを渡したのはこのためだったか。さすがに答えないわけにはいかない。
「別に深い理由とかはないんだけどな……智とずっと遊んでただけだし」
「智君と?」
「そ、あいつは来るつもりないみたいだけど」
まぁ、聞いたわけじゃないけど。とはいえ直接問うたところで来るとは思えないが。
「元気にしてた?」
「超元気だよ。今でも一人で遊んでるだろうし」
「そっか。なら安心かなー」
そう言い、彼女は軽く息を吐く。その動作だけで、本気で心配をかけていたことを理解してしまった。
「ごめんな、せめて連絡くらいはしておくべきだった」
「そうだよ、生存報告の一つくらいしてくれてもよかったのに」
イカちゃんの眉間にしわが寄る。怒った顔は初めて見たかもしれない。けど可愛さが勝っているせいで全然怖く見えない。
「ま、とにかくだ。俺はしばらく通うつもりではあるからさ」
「約束だよ? 私も結構寂しいんだからさ」
「寂しいって……学科に友達くらいいるだろ」
「いやー、その……」
その反応だけで全てを察してしまった。確かに出会った時の学園祭でも一人で出店してたような気がする。
「なんか、ごめん」
その後も少しだけ気まずい空気が流れ、昼休みは終わりを告げる。会話もあまり続かぬまま、俺たちは各々の教室へと移動するのだった。
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