第37話
「お待たせしました!」
「おー、お疲れ……って、すごい汗」
膝に手をついた俺を見て信也さんが言う。今は休憩中なのか、三人はカウンターで飲み物を片手に談笑していた。
「ほら、タオル。走ってきたのかい?」
「はい……一刻も早く見てほしくて……」
店長からタオルを受け取り、俺は息を整える。その少しの間さえ惜しくて、俺は近くにいたまつりさんに歌詞の印刷された紙を渡した。
俺が息を整えた後も、彼女たちは黙って歌詞を見つめていた。三人とも真剣な顔つきで見ているから、表情から反応をうまく読み取れない。隅から見ている店長は何やらにやついているようだけど、彼の反応が総意とは限らないだろう。
「……どう、ですか?」
恐る恐る尋ねると、三人が一斉にこちらを見た。寸分狂わない完璧なタイミングに思わず気圧されてしまう。
「うわっ!?」
なぜか信也さんが無言で肩をつかんできた。その上からリオさんが肩を組んでくる。まつりさんは……割り込める場所を探してるみたいだ。
「最高だよ! これでいこう」
「うん、タカらしさが溢れてる。うまく説明できないけど、そんな感じがする」
「確かにね。語感は悪くなっちゃうけど、それ以上にピッタリと曲の雰囲気にハマってる。こっちのほうが断然いいよ」
彼らの力強い声が俺を包む。手応えがあったとはいえ、こんなにも評価されるとは思っていなかった。彼らの笑顔につられて、思わず顔がほころぶ。
「っと、そうだ。歌詞だけじゃなくてさ、バンド名は決まったのか?」
「それなんですけど……」
必死に考えた。リオさんが歩んできた「トレイルロード」という歴史を上書きするんだ。それに恥じない名前にしなければ。そう考えてひねり出した最後の一滴。
「ネバーロールってどうですか?」
「へぇ……意味は?」
リオさんがニヤリと笑う。この時点で、俺はある種の手応えを感じていた。
「終わらない道……ですかね。言葉遊びみたいなものです。ネバーエンドとエンドロールを足して。そこから終わりを取った」
トレイルロードとして一度途切れた絆。ぶつかり合って、終わりかけた俺たちの関係だからこそ相応しいと思った名前。今回限りのメンバーだからこそ、これが終わった後にも道は続いていくことを祈ったとっておきの名前だ。
「……いいね、採用」
何度も、かみしめるようにうなづいたリオさんが言う。信也さんたちも異論はないのだろう。彼女の言葉を聞くと、ステージに向かって歩き始めた。
「よっしゃ、バンド名も決まったことだし……早速やるか!」
「そうっすね!」
そう言うと、三人はまたしてもステージに立つ。これで俺のやるべきことは終わった。あとは、リオさんたちが実力を遺憾なく発揮してくれれば……。
そうなると、俺もうかうかしてられない。明日までに、審査会用の作品を少しでもブラッシュアップしておかないと。
「すみません、今日は俺帰ります」
「え、タカち見てかないの? せっかく歌詞完成後の初合わせなのに」
「あはは……やることまだ残ってて……」
店長はまだ何か言いたげだったけど、俺の事情を優先してくれたのだろう。それ以上は引き止めることもなく、俺は店を後にした。
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