第36話
そして迎えた水曜日。本来の予定であれば、今日リオさんたちに完成品を見せるつもりだった。それができたらどんなによかっただろう。
あれだけ意気込んでいたのに、肝心の二番だけが埋まらない。その他は想定する仮の歌詞を置いてみたが、二番の配置次第ではこれも変わってしまう可能性がある。作業が進んだようで、実のところほとんど進んでいない。何度かアドバイスを求めにライブハウスにも行ったが、俺の意見を尊重するという方向でリオさんたちの考えはまとまっていた。
気分転換に審査会用の作品を読み返す。提出の期日を明日に控えているから、これが実質最後の推敲作業になるだろう。ギリギリで読み返しても、大きなミス以外には気付けなさそうだし。修正する時間にも限りがある。
それにしても、こっちは想像以上の出来になってるんだよなぁ。最初はどこから手を付けるかさえわからなかったことを考えると奇跡に近い。誤字脱字とか言葉遣いみたいな粗い部分はあるけど、これなら提出しても全否定はされないだろう。
「……あ」
思わず目が留まる。初期に書いていた部分など、自分自身のこととはいえ忘れてしまっている。だからこそ、他人の作品のように楽しめるわけだが。
「霧がかった夢、か……」
文を見て思い出す。この主人公の苦悩は、理想が高すぎるせいで皆から見捨てられて独りになってしまったことだ。それに絶望して夢が見えなくなってしまった表現。我ながらよく思いついたなぁ……と、当時の自分は喜んだ記憶がある。今の自分が見てもいい言葉の選び方だとは思う。自分自身を作品に投影しすぎるのはよくないんだろうけど、こんな文章を生み出せるならたまにはいいのかもしれない。これで講師たちからフルボッコにあえば自分の精神が心配だけど。
何気なしに見ていたが、このフレーズ。もしかして楽曲にも使えるんじゃないか? 語呂が悪いことに変わりはないが、自分の伝えたいことを表現するには最適なのだ。あの手この手を尽くし、歌詞の中に混ぜてみる。リオさんがくれた音源に沿って、自分で口ずさんでみた。
「……うん」
かなりいい。これをリオさんが歌うところまで想像してみたが、決めシーンとしては合格点だろう。あとはこの変更に合わせてCメロを調整すれば……。
「できた……」
納得のいくものが完成した。語感という問題をクリアしていない以上、認められるかが不安だが、そこは俺の言葉で直接プレゼンするだけだ。
改めて最終確認。他の細かい部分もすでに修正済み。読み返しても詰まる部分は……なし。音楽にのせて歌っても違和感はない。
それを確認したところでスマホを手に取る。連絡先は決まっている。
「あ、もしもしリオさん! 今ってもうライブハウスに……」
『いるよ。シンたちも全員いるから、いつでも来な』
「はい!」
力強く返事をする。出来立ての歌詞をプリントアウトして、俺はライブハウスへと急ぐのであった。
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