第13話

「えー、それでは今日も作品制作ということで」

 それだけ言うと中年の講師は自分のノートパソコンへと目を向ける。

 こんなにも自主性に任せる講師がいることが正直信じられないのだが……。余計な注目が集まる心配がないのはありがたい。

 他の生徒みたく作業にとりかかる。が、どうにもアイデアが出てこない。審査会まではあと二か月あまり。ただでさえ提出できるか怪しいスケジュールなのにこれは非常にまずい。書くことをサボってきたツケが、ここにきて回ってきたようだ。

 クラスメイトがどんなものを書いてるか聞ければ参考にはできるんだろうけど……まぁ、この前やらかしたばかりだ。こんなトラブルメーカーと口をきこうなんて人間はいない。かといって講師に相談しようものなら、クラス中の注目を集めてしまうことになる。俺のメンタルが鋼だったら聞けたのかもしれないが、生憎と木綿豆腐程度である。そんなクソ雑魚人間ができることではない。

 こんなことを考えている間にも、時間はどんどん過ぎていく。教室中に響き渡るいくつものタイピング音も相まって、心の中は焦燥感でいっぱいになっていた。とりあえず手を動かさなければ。

 適当な単語を乱雑に書き連ねていく。ブレインストーミングなんていう高尚なものではない。ただ作業をしているという実感を得たいだけの行為。これでアイデアを発掘できればいいのだが、現実はそんなにも甘くない。充足感だけを満たしていくせいで、余計にアイデアの引き出しを閉ざしてしまう。気付けば、既に二十分も過ぎていた。

 このままじゃ本当に二時間無駄にすることになる。それだけは何が何でも避けなければならない。気分を変えようとUSBに入っている過去の作品を眺める。とはいっても課題で作った短編が数個あるくらいだが……何もしないよりははるかに有意義だろう。一年ぶりに見返してみたが、どれも読めたものではない。短編だっていうのに、伏線をばら撒きすぎたせいで収拾がつかなくなっているものばかりだ。参考にできるものはないかもしれない。そう思っていた時だった。

「これは……」

 思わず声が出る。それは夢を追いかけて上京した主人公が、苦悩しながらも日々を必死に生きていく話だった。文章自体はかなり拙いものだったが、内容がシンプルで分かりやすい。読み物として成立しているといってもいいだろう。

 それにだ。この主人公が目指しているのはミュージシャン。自分の作品といえど、今これを見つけたのは何かの運命なんじゃないか。そう思えてしまう。

 この刺激がアイデアの種を発芽させる。歌詞制作と並行して執筆する以上、雰囲気が近しいものを作ったほうが思考を切り替える時間を短縮できるだろう。だとすれば、この短編を再構築して長編にするのが望ましい。だけど、ただ引き伸ばしちゃつまらなくなる。あとはどれだけ要素を調節できるかだ。

 一度走りだせば、そのあとは早かった。短編から要素だけを抜き取り、そこに足りないものを候補として出していく。これを足し引きして、大まかな本筋を作っていく。この時間が一番楽しいといっても過言ではない。

 気が付けば、一限目の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。固まった体をほぐすために、大きく伸びをする。余裕は全くないが、ようやくスタートラインに立てたような気分だ。

 晴れやかな気持ちでいる俺のもとに、スマホのバイブが響く。差出人を確認すると、リオさんからのメッセージだった。

『今日ライブハウスな』

 たった一文だけ。いつもならこんな連絡来ないはずなんだけど……珍しいこともあるもんだ。何かあったのだろうか。

『何かあったんですか?』

 打つだけ打ったが、聞いていいものなのだろうか。それがわからなくて、すぐにメッセージを全て消す。詮索されるのはリオさんもあまり好きじゃないだろうし。

 それに休憩時間ももう終わる。今から相談に乗る時間は残されていない。

『わかりました! 放課後すぐ行きます』

 簡易的な返信だけを送る。

 会ったときに様子がおかしかったら改めて聞いてみよう。そう思い、俺は作業を再開するのだった。

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