第3章
第12話
「んー……あ」
ライブハウスに連れられてから一週間。リオさんから貰った音源を聴きこみながら、楽曲作りは少しずつではあるが進んでいた。あのときの記憶は、一秒たりとも抜け落ちていない。それだけ衝撃的だったということなのだろうが、ここまで刺激を受けるとは思わなかった。
睡眠時間を削ってでも、彼女の役に立ちたい。そんな思いが、制作意欲をさらに駆り立てる。
審査会に向けての作品も作らなきゃならないけど、それは学校で書けばいいし。
没頭していると、机の脇に置いてあるスマホがけたたましく鳴り始めた。
「……もう朝か」
作業の手を止め、アラームを消す。時刻は八時半。そろそろ家を出ないと間に合わない。せっかくいい歌詞を思いついたんだけど……これはメモに残しておくしかないか。
朝日を浴びながら荷物をまとめる。長らくしてこなかったこの動作も、一週間あれば慣れてしまう。人間の適応力が恐ろしい。とはいえ身体が慣れようと心まで適応できるわけではない。憂鬱なこの気持ちが晴れることはないのだ。どうせ学校では一人だし。
だからといってサボるわけにはいかない。もう逃げないと決めたんだ。前とは背負っている思いの量が違う。
「うっし」
両頬を叩き、都会の喧騒に紛れ込む。しばらく歩いていると、聞き慣れた声がした。
「よー、ちゃんと行ってるみたいだな」
「……え」
慌てて振り返ると、そこにはあくびをかみ殺すリオさんの姿があった。いつもとは違い、どこか気だるげな表情をしている。服も着崩しているというか……ただ単に適当に着ているというか。夜の彼女からは想像できない気の抜け方だ。
「こんな時間に珍しいですね」
「まぁな。ちょっと人と会う予定があってよ……ったく、こんな朝っぱらによりらふなよなぁ」
本気で眠いのだろう。ショボショボとした眼を、ゆるくこすっている。というか話しながらもあくびが止まらない。最後なんて言ったんだ?
「にしても今日は涼しいなあ。もう秋じゃん」
「え、まだ全然暑くないですか?」
「そうか? まぁいいや」
朝の会話も、リオさんにかかれば超適当なやり取りと化してしまう。発見ではあるけど、こういう世間話は夜にしたほうがいいな。
「あー、もうこんな時間か。んじゃ。頑張れよ青年」
「え、あぁ……はい。お疲れ様です」
早々に切り上げ、リオさんは駅の方角へと歩いて行った。
その直後、背後から肩を叩かれる。今日はなんだ。知り合いに位置情報でも知られているのか?
「おはよー! 珍しいね、行き道で会うなんて」
「あぁ、イカちゃんか。おはよう」
リオさんとは対照的に元気いっぱいのイカちゃんが立っていた。なぜだか知らないが、彼女の笑顔を見ているだけで活力がわいてくる……気がする。
さて、成り行きで一緒に登校なんていうリア充的イベントが発生したわけだが……。こういうときに適した話題など持ち合わせていない。学校での立ち位置など互いに良いものではないし。かと言ってプライベートなことに踏み込んでいいのかもわからない。イカちゃんから何か話しかけてくれると嬉しいんだけど……。
「あ、あのさ。さっきの人って……」
「ん? あぁ、リオさん?」
よりにもよってその話題ですか。まぁ、別に隠してるわけじゃないから話してもいいんだけど。
「最近知り合ったミュージシャンだよ。んで、歌詞を作ってくれないかって言われてさ」
「へぇ……そうなんだ」
ん? 気のせいだろうか。なんか一瞬顔が曇ったような……。
「その人のこと、もっと教えてよ」
「あぁ、そうだな。何から話そうか……」
登校する短時間で話せることなど限られてくる。手っ取り早く説明ができればいいのだけれど……。
「私、曲が聞きたい!」
話題を考えようとしているところに、イカちゃんが食い気味で迫ってくる。音楽の話とかはしたことがないけど、もしかしてロックとか好きなんだろうか。
「そうだなぁ……俺も生で聞いたことしかないんだけど……イカちゃんがよければ今日の放課後来る?」
「いいの!? 行きたい!」
そう言った彼女は心から嬉しそうな顔をしていた。やっぱり、さっき見えた影は勘違いだったようだ。彼女につられて、俺の頬も自然とほころぶ。
初めて誰かと共有できたという事実が、たまらなく嬉しかった。
「それじゃ、また放課後ね!」
「あ、あぁ……」
気が付くともう学校に着いていた。こんなにも明るい気持ちで登校したのはいつぶりだろう。これで学校生活も幸せならばどれほどよかったか。一気に現実へと引き戻されてしまう。
少しずつ重くなっていく足を、まだ残っている幸福感で無理やり進めるのだった。
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