第16話
放課後。
俺はすぐに荷物をまとめ、ライブハウスへと向かっていた。
歌詞の進捗報告もそうだが、動画サイトに挙げられていたことも教えてあげたいという気持ちが強い。まぁ、本人なら知っているかもしれないけど。
「こんにちはー」
ドアを開けると、そこにリオさんの姿はなかった。昨日のこともあったし、今日は来ないのだろうか。
「おー、タカち。お疲れー!」
陽気な店長の挨拶が静かなハコに響く。清掃の途中だったようで、彼は手に持ったモップをカウンターに立てかける。
「今日はまだリオさん来てません?」
「リオ? あー、多分来ないんじゃないかな」
やっぱりか。少し残念ではあるけど仕方ない。歌詞は見せれなくても、動画のことなら店長にだって話せるわけだし。
「そういや今日見つけたんですけどこれ……」
そうしてスマホを見せたわけだが、そこで店長の顔色が変わる。
「そっかー、見つかっちゃったかぁ」
そう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「……もしかして、なんかまずかったです? レギュ違反だとか……」
「あぁ、いや。うちは撮影可能だからレギュ自体はちゃんと守ってるよ」
そう言うと、店長は黙りこくってしまう。何を言葉にしていいかわからない、という感じなのだろうか。
「ただ……うーん」
「なんですか。勿体ぶらずに教えてくださいよ」
「まぁ、そうなるよねぇ……とりあえず座りながら話そうか」
互いに、カウンターに備え付けられた椅子へ座る。観念したようにため息をつきながら、店長は話し始めた。
「そのチャンネル、載せてるアーティストに見覚えとかない?」
「えーと……」
チャンネルのトップページに飛ぶ。他の動画タイトルも見てみたが、特にこれといったバンドは見つからない。俺の知識不足がここにきて仇となってしまう。
「すみません。まったくといっていいほど」
「そっか……そこってね、デビュー候補のアーティストを事前に宣伝するためのチャンネルなんだよ」
「デビュー候補って……まさか」
「そのまさか。昨日ね、リオをスカウトする話が来たんだよ」
だからあんなにも機嫌が悪かったのか。縛られることを嫌うリオさんが、デビューを望むとは思えない。もしかして、朝に会うって言ってた人はスカウトマンだったりするのだろうか。
「まぁ、彼女。デビューには意欲的だったからねぇ……」
「……え?」
想像していたこととは正反対の言葉に、俺の思考が止まる。どういうことだ?
「でも、縛られるのって嫌いなんですよね、リオさん」
「そんなこと言ってたの? まぁ、それは正解だけどさー。それはデビューしたくないと同義ではなくない?」
「あ……」
まったくもってその通りだ。飛躍した考えで勝手にショックを受けているのは自分なのだから。俺がリオさんや店長を責め立てる権利はない。
「でも、リオの伝え方じゃ誤解しても仕方ないか。あの子、ザックリとしたことしか言わないでしょ?」
「いや、曲解したのは俺ですから……」
「よし。お詫びと言ってはなんだが、そうやって落ち込んでいる君の誤解をといてしんぜよう」
得意げな表情で店長が話す。
「彼女はデビュー自体には意欲的だってさっき話したよね?」
「えぇ」
「あれはホント。ただ、気の合うスカウトマンというか……彼女が所属したいって思えるようなレーベルがないだけなんだよねぇ」
「もしかしてそれが……」
「多分、縛られるってことなんだろうね……まぁ、今回はそういうケースじゃないけど」
「というと?」
納得がいきかけた問題に影が差す。これ以外に彼女がデビューを断る理由なんてあるのだろうか? 正直俺じゃ想像ができない。
「彼女ね、今回のデビューは前向きだったんだ。社長とも意気投合してたし。タカちの作詞した曲を……二人で作った曲を、より多くの人に聞いてもらえるって」
「それじゃ……」
「でもね、君の話をしたときにさ。横にいたスカウトマンが言っちゃったんだよ。『僕たちがスカウトしたいのは君だけなんだよね』って……」
咄嗟に言葉が出てこなかった。店長の話が本当だとしたら。リオさんがデビューしなかったのは……。
「俺の……せい……」
「それは違う!」
店長が何か叫んでいる。が、頭に入ってこない。彼女に救われているはずの俺が、彼女の道をふさいでしまっているという事実を受け止めることができない。やっぱり身丈の合わない俺が関わるべきじゃなかったんだ。
ふらふらと足だけが動く。今はもう誰とも顔を合わせたくはない。一刻も早く家に帰りたい。
そうして扉に手をかけたとき、俺の意思とは関係なく扉が開かれる。反対側から誰かが開けたんだ。
「……あ」
最悪だ。目の前には、今一番会いたくない人が立っている。
「リオさん……」
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