第41話
審査会当日。
開始時間はもうすぐそこまで迫っている。他の生徒が緊張を分け合う中、俺は一人スマホを眺めていた。
「リオさん……」
ライブ当日ということもあって、リオさんも気合が入っているのだろう。一言、『頑張れ』というメッセージと、ネバーロールのメンバーで撮った写真が送られていた。
「ふぅ……」
ゆっくりと深呼吸をする。大丈夫。やれるだけのことはやったんだ。それに一人で戦ってるわけじゃない。場所は違えど、リオさんたちも一緒だ。去年のように、もう折れたりはしない。
ある程度言い聞かせたところで、講師たちが教室に入ってきた。審査会が始まる。現役の作家たちが目の前に集まるのは圧巻の光景だ。それに加えて、今日は特別講師なるものも来ている。現役の編集者らしい。事前に知らされてはいたが、いざ目の前に来ると圧倒されてしまう。一人と対峙しているわけではない分、余計に体がこわばってしまう。
「えー、それでは審査会の結果発表および講評会を始めたいと思います」
講師が席に着いたことを確認すると、担任が説明を始める。一年生向けの説明だ。全学年の作品を審査にかける以上、これは毎年の恒例行事ともいえるだろう。
「今年は最優秀賞が一作品、優秀賞が二作品、佳作が五作品となってます。今話した順番で公表も進めていきますので、人の作品だからと言ってボーっとせずに最後まで集中して聞いていてください。一年生はね、初めてと思いますけど……」
ここからは説明なんてものじゃない。事前にメンタルのフォローをする時間だ。正直この時間が一番意味のないものだと思う。それをされたところで、実際に講評を聞けば立ち直れなくなる人間はたくさんいるだろう。かつての俺みたいに。
「では、最優秀賞の発表です」
ボーっと説明を聞いていると、いよいよ発表の時間がやってきた。とにかく狙うべきは佳作以上。ここで呼ばれるのがベストだが……。
「最優秀賞は、佐藤ゆうすけさんの……」
呼ばれたのは、三年生の名前だった。そりゃそうだ。どれだけ努力したからと言って、そう簡単にトップになれるわけがない。誰も座っていない最前列の席へ、呼ばれた生徒が席を移動する。講評を聞くにあたって、聞き漏らしがないようにとこうするのが昔からのシステムなのだ。
そうして、最優秀賞の講評が始まる。自分も何かの参考になればと聞き耳を立てるが、ふとリオさんたちのことが頭によぎる。時刻は午後二時。そろそろ開場が始まったはずだ。もう少しで彼女たちは結果を知ることになる。
「それでは、優秀賞の発表です」
気付けば最優秀賞の講評が終わっていた。時間にして五分。出来がいいものだし、指摘箇所や改善部分も少ないのだろう。下に行くほど長くなる講評会としては、十分すぎる時間だ。
「佐伯ヨウさんの……」
優秀賞。その中に佐伯の名前があった。やっぱりあいつの実力は本物だ。二年連続の優秀賞となるが、彼の表情は全く崩れない。堂々とした立ち振る舞いで、最前列の席へと歩いていく。
「佐久間みつるさんの……」
そして呼ばれた二人目。これも俺ではない。ここまでもまだ想定内。とにかく佳作以上ならいいんだ。弱気になる必要はない。
「佐伯さんの作品はとても構成がうまく、特に二章の……」
「……ここを改善することができれば最優秀賞も狙えたと思います」
席に座ったところで、講評が始まる。佐伯の作品は、最優秀賞の作品ほどではないが賞賛の声が大きかった。
「先ほどお褒めいただいた二章の構成なのですが……」
佐伯の熱はすさまじかった。指摘された箇所についての疑問を投げかけるのは当然だが、褒められた点についても言及している。知識に貪欲な姿勢は、いくら仲が悪いといっても尊敬するべき点だ。俺にはとてもではないが真似できない。
結局、彼の講評だけで三十分もの時間が経過していた。周りの人間は完全に置いてけぼりを食らっている。次に評価を聞いていた生徒も、彼の熱に圧倒されたのだろう。必要最小限な部分だけを聞くと、そそくさと自分の番を終えてしまった。
「次に佳作の発表です」
二人が元の席に戻り、担任が声を発する。
いよいよだ。ここで呼ばれればいい。頼む……。
「水無瀬サキさんの……」
ゆっくりと、確実に聞こえるように担任が名前を呼んでいく。一人、また一人と呼ばれていき、残すはあと一人となった。緊張で額に汗が流れる。最後の名前を呼ばれるまでの間が、永遠のように長い。そして。
「藤原孝明さんの『一等星の再来』。以上、五作品です」
呼ばれた。聞き間違いなんかじゃない。確かに俺の名前。俺の作品だ。机の下で拳を握る。これまでの道のりは、無駄じゃなかったんだ。
余韻に浸る暇もないまま、俺は最前列の席へ向かう。通りがかりに佐伯と目が合う。彼は、心底驚いた表情で俺をじっと見ていた。
「……えー、藤原さんの作品ですが、非常に感情が前に出た作品でした。これは実際に経験されたことで?」
「全てが全てではないですが……一部混ざっています」
審査員である編集者からの問いに答える。いざ自分が答える番となると、緊張の具合も最高潮に達していた。
「経験がしっかりと活きているのは素晴らしいと思います。ただ、基礎の文章力がまだ甘いと思うので、継続して書き続けて地力を鍛えてください」
編集者からの講評が終わった。さすがに数か月じゃ基礎までは磨けなかった。それを完璧に見抜かれていたのだろう。とはいえ、概ね好印象であったことは素直に喜ばしい。
「正直驚きました。審査会に臨むにあたって、一番苦戦していた生徒でしたので……」
そう話すのは、審査会用に自主製作の時間を取っていた中年の講師だ。うまいように言っているが、訳せば「ロクに学校に来ていなかったやつが」ということだろう。
「とにかく、まだ成長の伸びしろは大いにあると思うので、このまま講義を受け続けてください」
いいようにまとめていったな。まぁでも、言葉通りに受け取るなら信頼も少しは獲得できたのではないだろうか。それが大きな収穫である。
「ありがとうございました」
全ての審査員からの批評を聞き終え、俺は元の席へと戻っていく。時刻はすでに午後四時。こっちにばかり気を取られていたが、ライブはすでに始まっている時間だ。リオさんたちは大丈夫だろうか。
「えー、佳作までの講評が終了しましたので、一度休憩をはさみたいと思います」
俺たちが席に戻り終えると、担任が大きめの声でそう話す。集中しきっていた生徒たちからため息が聞こえた。それは俺も同じで、息を大きく吐くと体を思いっきり縦に伸ばす。力が入りすぎて疲れてしまった。
「……藤原」
休息を入れていると、佐伯が声をかけてくる。彼がどんな言葉を投げてくるのか。それを俺は黙って待ち構えていた。
「すまなかった」
「え、ちょお前……」
彼が最初に取った行動。それは九十度の完璧なお辞儀だった。
「顔上げろって。そこまでして謝らんくていい」
慌てて彼の行動を止めに入る。しかし時すでに遅し。教室中の視線は、俺たちがかっさらっていた。
ようやく顔を上げた佐伯が俺の隣に腰かける。事情を知っている同学年の奴らは、それを見て自分の時間へと戻っていった。だが、別学年の生徒がヒソヒソと話しているのが気まずい。
「あのとき、本気でお前を嫌っていたんだ。中途半端な覚悟で輪を乱す大馬鹿野郎だって」
「だろうな。ほぼ同じようなことを言われたし」
あのときのことはそりゃもうハッキリと覚えている。まるで殺すような目で見てくるんだ。印象に残らないわけがない。
「まぁでも。ああやって焚きつけられたからここまで出来たってのもあると思うんだ。悪いことばっかりじゃないよ」
「お前……いいやつだな」
「いいやつって……もうちょいなんかなかったのかよ」
自然と笑みがこぼれる。そこにはもう、復学したての頃みたいな敵意は微塵もなかった。
「ま、これからもよろしくってことで」
俺は佐伯に手を差し出す。それを彼は即座に受け入れた。
確かにいろいろあったのかもしれないが、これで全て帳消し。学生生活も少しは良くなっていくだろう。そんな期待を抱えながら、俺は後半の審査会に臨むのであった。
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