第2話
「さて……」
ここからどうしたものか。本来なら急いで授業に向かうべきなのだろうが、そんな気など毛頭ない。それができていれば、こうしてサボってなどないし。あてもなくストリートへと足を向ける。ウインドウショッピングでもして時間を潰せればいいなという考えだった。
歩くこと数十分。いざストリートに来てみると、夕暮れということもあってか人でごった返していた。ストリートの中心にある三角形の広場には、スケートボードに精を出す若者と観光客であろう外国人が大勢いる。そんな喧騒に溢れる街の中で、一際目立つ声があった。それは歌声で、恐らく離れたこの広場にまでも届くような力強い芯のあるものだった。
普段なら気にも留めることはないのだろう。だが、今日の俺は時間だけはある。暇を潰すためにはちょうどいいかもしれない。そんな軽い気持ちで音の方へと進路を決めた。
いい音楽だ。ストリートの雰囲気に合うようなロックミュージック。一歩足を進めるごとに、その歌声はなぜか俺を確実に惹きつける。音楽に詳しいわけじゃない。こんなにも聴いてみたいと思ったのは初めてだ。だけど、この歌は近くで聴かなきゃいけない。自分の直観がそう訴えかけているような気がしてならないのだ。
そして謎の引力に吸い寄せられ、俺は星のもとへとたどり着く。そこには一人で汗を流しながら歌う女性がいた。周りに観客もいないため、俺は最前列で彼女の演奏を見届ける。目の前で聴くと、さっきまでとは圧が違った。もちろん、間近で聴いているのだから音圧が強くなっていることが原因なのは間違いない。だが、理由は多分それだけじゃない。彼女の小さな口から溢れ出す迫力のある声。何かを伝えたいと心の内から出るような熱い歌声。ギターの演奏は荒々しくあるものの、音の塊は一つの線を描いて耳から心臓へと熱を届ける。その音楽に、俺は完全に魅了されてしまっていたのだ。
「センキュ!」
気が付くと、彼女は演奏を終えていた。唯一の観客である俺は精いっぱいの力で彼女に拍手を送る。それに応えるように、彼女は手を振ってくれた。
今の一曲で今日の演目は終わったのだろう。彼女はいそいそと片付けの作業を始めた。街の喧騒に彼女が溶け込み始める。
その後も、俺は彼女の音楽が忘れられずに立ち尽くしていた。
「お兄さん、ライブは終わったよ」
「え、あ……」
さっきまで隔てていた舞台が消えたことで、彼女が声をかけてくる。
だが、それに対してのアンサーを俺は出すことができなかった。衝撃でまだ機能を止めている脳は、俺が蓄えてきた語彙を脳の奥深くに包み隠してしまっているようだ。
「もしもーし、大丈夫?」
「ひゃい!」
「ははは! 何緊張してんだよ」
言葉になったどうかも怪しい返事に、彼女は白い歯を見せ大きく笑う。その笑顔がとても眩しかった。
「アタシは
渡井リオ。そう名乗った彼女は、手をこちらに差し出す。
遠くから見ても目立つショートウルフの赤髪に、びっしりとつけられたピアスとイヤーカフ。夏場だというのに、ジャケットを羽織っている。これだけの装備だというのに、チャラチャラした印象はそこまでない。それは、彼女自身にまっすぐな芯があるからなのだろう。まぁ、こんなことを何も知らない状態で判断するのは野暮ってものだが。
「えーと、
「近くのっていうと……あぁ、A専か」
差し出された手を握ると、彼女は不意にそうつぶやいた。
A専。正式名称は日本コミュニティアート専門学校。いわゆるクリエイター志望の学生が集まる専門学校だ。メインは絵とか漫画とか……ビジュアルで目を引くようなところなのだろうけど、そっち系は専門外だ。ライトノベル学科。それが俺の通う学科になる。まぁ、文字通りで説明することも特にない。ラノベの基礎を鍛えてデビューを目指す。それだけの話だ。他と違うことといえば、うちは三年制だということくらいだろう。
「知ってるんですか?」
「まぁな、系列校に行ったことあるし」
系列校……この辺りに音楽系の学校は一つある。もしかしてそこと何か関係があるのだろうか。
「おっと悪い。この後用事があってな。しばらくはここで歌ってるから、気が向いたらまた来てくれよ」
「え、あぁ……はい!」
そして、彼女は颯爽と人ごみの中に消えていった。
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