第28話
次の日。俺はライブハウスにいた。これまで一人で考え込んでいたが、店長やリオさんの意見を聞きながらやったほうがいいと今更決断したからだ。これまでは、彼らの時間を奪うわけにはいかないと遠慮していたが、そんなことをいう関係でもないだろう。
「で、ここでサビ持ってきて……」
そうして今もこうして店長から教えを受けているわけだが。
「……あの、リオさん」
「えっ!? な、なんだよ……」
必要以上の反応に、こっちまで驚いてしまう。
そう。理由はわからないが、さっきからずっとこの調子なのだ。スマホとにらめっこしながら、ああでもないこうでもないと、俺以上に悩んでいる。彼女がそんな様子だから、気になって作業がはかどらない。
「何をそんなに悩んでるんです? 集中できないんで、せめて理由くらいは知りたいんですけど」
「あー……その」
リオさんにしては珍しく歯切れの悪い返事だ。目も泳いでるし……。ここまで困ることが彼女にもあるのだろうか。
「メッセージをさぁ……送りたいんだけど」
「はぁ……誰にです?」
「……元メンバー」
不貞腐れたように話す。喧嘩別れしたって言ってたし、自分からメッセージを送るのは気まずいのだろう。
「でもなんで今更? 結構時間も経ってますよね」
「いや、次のライブにゃ百二十パーセントで臨みたいからさ。アタシの全力についてこれるメンバーを用意したいんだよ」
「まぁ、ようするに俺はクビってことだよねー」
茶化すように店長が言う。なんにせよ、彼女の問題を解決しなきゃ作業もままならない。
「なんて送りたいんです? 代わりに打ちますよ」
「あー、えっと……」
いつもなら「自分で送らなきゃ意味がねえ!」とか言いそうなんだけど……。どうやら相当まいってるらしい。大人しくスマホを差し出すと、彼女はぽつぽつと話し始めた。
「久しぶりに会わないか。それだけでいい……理由を聞かれたら話したいことがあるって書いてくれ」
「了解でーす」
その一言を打つためにこれだけ苦労してたのか。まぁでも、確かにリオさんから謝ったりはしなさそうだもんなぁ……。こういうこと自体が初めての経験なのだろう。
「送りましたよ」
「ありがとう……マジで助かる」
自分で送ったわけでもないのに、リオさんはなぜか息切れしていた。人間関係となると急激に豆腐メンタルになるのはなんでなんだ? まぁ、友達の少ない俺が言えた義理ではないけど。
元メンバーからの既読はすぐについた。そして待っていたのは、おびただしい量の返信だった。
「あの、これ俺一人じゃさばききれないんですけど……」
「え、あー……こうなるか」
そのメッセージを見て、リオさんは頭を抱えていた。どうやらこうなることは彼女自身も予想はできていたらしい。
「って、通話まで来てますよ」
「ったく、あいつは……わかった。貸してくれ」
スマホを返すと、彼女は深く深呼吸する。数回繰り返したのち、彼女はスマホを耳に当てた。
『先輩、今まで何してたんすか!!』
慌ててリオさんがスマホを遠ざける。傍から聞いていた俺にまで聞こえたのだから、当事者である彼女には爆音だっただろう。声から察するに女の人みたいだ。
「うっせぇな……もう少しボリューム下げろ」
面倒そうにリオさんは話す。その後の会話はうまく聞き取れなかったが、彼女は一貫してバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「悪いな、あともう一人いるんだけど……そっちはアタシでやるよ」
通話が終わったのち彼女が言う。
「どうでした?」
「あー……近いうちに会うことになった」
そう言う彼女は、明らかに疲弊していた。一人目でこの調子なのに、もう一人を相手できるのだろうか。
「なんか、お疲れ様です……」
「あぁ、サンキュー」
ここで話を切っておけばよかったのだろうが、ふと疑問が浮かんでしまう。
彼女の元メンバーってどんな人なのだろうか。さっきの一言でなんとなく想像はできるのだが、実際に会ってみたい。新曲を演奏してくれるかもしれない人たちなのだ。それくらいは言ってみてもいいんじゃないだろうか。
「あの……俺も一緒に連れて行ってくれませんか?」
「え、マジで言ってんの?」
「マジも大マジです。手を組むかもしれないなら、人となりくらいは知っておいたほうがいいですよね?」
「それらしいことを……わかった」
若干呆れられたような気がしなくもないが、許可は得ることができた。リオさん自身は乗り気じゃないところ悪いが、正直めちゃくちゃ楽しみにしている自分がいる。彼女が認めたメンバーなのだ。個性は強いかもしれないが、きっと相当な実力者であるに違いない。
新たな楽しみに胸を膨らませつつ、俺は歌詞制作に戻るのであった。
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