第15話

 次の日。

 朝の講義が休講になったことを受けて、俺は制作中の歌詞と向き合っていた。完成といえるのはたった一フレーズ。これだけを見せたところでどうしようもない。だからこそペースを上げていかなきゃならないんだが……。

「はぁ……」

 どうにも手が付けられない。昨日のリオさんの顔が浮かぶ。

 俺に言いたくないこととなれば、やっぱ俺に対する不満なのだろうか。そりゃそうだ。今まで逃げてばかりだった人間が、彼女の納得する役割を果たしているはずがない。現に、彼女に何も見せることができていないのだから。呆れられていてもおかしくはないだろう。

 とはいえ、どれだけ落ち込んでいたとしても手を止めるわけにはいかない。それこそリオさんに見限られてしまう。そうなれば、今度こそ自分の居場所はなくなるだろう。

 気分を変えようと、いつも使ってる動画サイトを開く。そこで適当な作業用の音楽を再生した。流しているのはライブハウスで撮影されているバンドの映像。耳だけを集中させているから、誰が歌っているとかはわからない。少し前から、歌詞制作の勉強を兼ねて習慣づけていたけど、勉強以上にハマってしまっている自分がいる。映像越しからでも伝わる熱量。魂のこもった歌声。それに応じるかのように声を張り上げる観客たち。どれをとっても素晴らしい。今までアニメとかの主題歌に起用されてるバンドとかは聞いてたけど、本格的なものは敬遠していた過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 詳しいジャンルの知識はないけれど、メロコア? って言われる曲は結構気に入ってたりする。音が強いっていうか、ガツンと来るメロディが聴いていて気持ちいい。リオさんの曲も多分これに分類される……はずだ。

 こうして耳で学習しながら歌詞制作を続けているわけだが……好みの歌声が聞こえると思わず手が止まってしまう。どんなバンドかメモっておけば、あとでじっくりと聞けるし。なんなら近いハコでやっていれば生でライブなんかを観たいなぁ……とさえ思えるようになってきた。成長といっていいのかもしれない。

 そんな感じで今日も始めたばかりの作業が中断される。序盤から気になるアーティストを見つけられたのは嬉しいばかりだ。まるでリオさんのような迫力に満ちた声は、ライブ映像越しでも十二分に彼女の魅力を伝えている。いや、てか待て。

「リオさんみたい……?」

作業を一旦止め、アーティストを確認する。彼女の声を聴き間違えるはずがない。出会ってから間もないとはいえ、ほぼ毎日聞いている声だ。

「リオさんだ……」

 そう、画面に映し出されていたのは紛れもなく彼女本人だった。伴奏は……店長ともう一人。ステージの装飾にも見覚えがある。ここ最近……俺がライブハウスに行くようになってから撮られた映像なのだろうか。

 普段から生で聞いているはずなのに、つい食い入るように見てしまう。これが彼女の魅力ということなのだろうか。それとも自分が過大評価しているだけなのか。

 彼女の演奏が終わると、観客からの大歓声が響いてきた。路上で演奏していたときとは大違いの反応に驚きを隠せない。

 だが、この光景が自分の熱を再燃させる。枯渇していたアイデアの泉が溢れ出る。

「で、できた……」

 作業の手を止めたときにはAメロの歌詞が完成していた。自分でも納得のいく歌詞に、高揚を隠せない。

 早速見せに行きたい……が、時間というものは残酷である。設定していたアラームが鳴り響いたのだ。時刻は十二時五十分。今すぐにでも出ないと、遅刻してしまう。

 出来た歌詞をカバンに詰め、俺は慌てて家を出るのだった。

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