第21話

次の日の放課後。俺は前期最後の講義を終えてふらふらと歩いていた。明日から夏休みだというのに気は晴れない。魂が抜けきってしまっている。講師に注意されることはないけど、だからといって優良児であった自覚はない。審査会用の作品にもようやく着手し始めたが、うまく文章を紡ぎだすことができない。元の文体を保ったまま再構築することの難しさを改めて思い知らされている。少しずつ進めてはいるが、とても納得できる完成度とは言えない。

結局、智との一件は特段問題として取り上げられることはなかった。学校とか警察から何か連絡が来てもおかしくないだろうと踏んでいたのだが……。

そんなことを考えて歩いていたからだろう。すれ違いざまに人とぶつかってしまった。

「す、すみません……」

「いや、俺のほうこそ。注意散漫だった」

 そこにいたのは、明らかなバンドマンだった。黒の革ジャンに身を包んだ金髪の好青年。両耳にピアスを開けチャラついた外見をしているはずなのに、爽やかな笑顔がそれらを全て相殺している。なんというか、不思議な人だという印象が強かった。

「はいこれ、落としてたよ」

「ありがとうございます」

 どうやらスマホを落としていたらしい。まったく気付いていなかった。

「ロック、よく聴くの?」

「えぇ、まぁ……」

「へぇ……そうだ! 今日これからって時間ある?」

「大丈夫ですけど……」

 初対面だっていうのに妙に距離感が近い。なんというか、居酒屋のキャッチみたいなノリだ。普段なら真っ先に遠ざけるようなタイプだけど、どうにも嫌悪感を覚えない。つい話を聞こうという姿勢になってしまう。これが彼の魅力なのだろう。

「これからライブやるんだけどさー、チケットノルマ達成してなくて。よければ買ってくれない? 半分は俺が負担するから!」

 まぁ、バンドマンだし。別に驚くことじゃない。けど気にならないといえば嘘になる。

 リオさんと出会ってから、ほかのミュージシャンのライブって生で観たことないし。こう言ってはなんだが、半分出してくれるなら断る動機もない。

「それじゃ、一枚ください」

「ホント!? ありがとう~~~!」

 想像以上に喜んでくれたことに驚きつつも、俺は彼の後を歩く。そして道中、当たり前の疑問が思い浮かぶ。

「そういや、名前聞いてませんでしたよね」

「あぁ、忘れてた。俺は田口信也たぐちしんや。アストロルーティンってバンドのベース担当。君は?」

「藤原孝明です」

「そっか……んじゃフジタカ君ね!」

「なんですかそれ……」

 バンドマンっていうのは皆こうなのだろうか。どうでもいい偏見を覚えてしまいそうになりながら、俺は彼の後をまたついていくのだった。

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