第17話 フェニックスの孵化
「……どうしよう?」
俺はフェニックスの卵を前にして迷っていた。
本来の目的はコカトリスの卵を入手することだったのだが、まさかこんな森の奥にSランクアイテムが無造作に置かれているとは……。
課題はCランク以上のアイテムを三つということなので、おそらくこれも数に入るのだろうが、提出するのはまずありえない。
単純な話、Sランクアイテムなんてものは、人生で一度でも目にすることができれば幸運と呼ばれる代物。それを課題達成のために使うなんて馬鹿げているからだ。
「それに、もしかしたら女神ミューズからの贈り物の可能性もあるよな?」
最初に力を与えたと言っておきながら、その後特に接触してくることもなかったので気になっていたが、これが支援だと考えれば納得がいく。
だとすれば、俺のスキルを使ってこいつを『孵化』させなければならないのだろう。
「コカトリスの卵……どうしよう?」
勿論、このまま探索を続けることもできなくはないのだが、そうなるとこのSランクアイテムを無造作にこの場に置いておくことになる。
現状、他の冒険者も森に入っているという情報を入手している以上、それは止めておいた方がいいだろう。
「なんだか……天空から見られて操られている気がしないでもないが……」
俺は少し悩んだ末、フェニックスの卵を持ち帰ることにした。
「さて、準備もできたし始めるか」
卵を持ち帰った翌日。俺は新築のアパートの一室を借りた。
ここはセリアが通う学校からも近く、冒険者ギルドからは少し遠い場所になる。
学生がメインで住んでいるので治安は良くその分家賃が高い。
なぜアパートを借りたかというと、宿だとベッドメイキングなどで従業員が入ってくるので、どうしたって卵を見られてしまう。
見られるだけならいいのだが、その情報を他の冒険者に流されたり、うっかり壊されたりすると目も当てられない。
俺の予想では、フェニックスの卵を孵すには結構な時間が掛かると踏んでいる。
その間、一時たりとも卵から離れるつもりがないので、こちらの方が都合が良いのだ。
「水と食糧の確保はできたし、セリアにも手紙を書いた」
引っ越ししたことを告げ、訪ねてくる時に食糧を買ってきて欲しいと書いておいた。
勉学に励む妹に頼むのは気が引けたが、緊急事態ということもあり甘えさせてもらうことにする。
「さて、やるかな?」
俺は孵化の力を卵へと注ぎ込み始めた。
「くっ! きつい!」
マジックワームの卵はアイテムランクがEで、マジックワームのモンスターランクもEと連動している。
初めての時、マジックワームの卵を孵化させるのに強烈な疲労を覚えたので、Sランクアイテムともなればその比ではないのは予想していた。
「うっ……熱くなってきた!」
そうこうしている間に、フェニックスの卵は熱を持ち始める。
先程までは温いくらいだったのだが、今は熱した石くらいになっている。
俺はダイアウルフの毛皮を被せると卵を抱く。
「ふふふ、こうなったらどっちが先に音を上げるか勝負だ」
――コンコンコン――
「兄さん?」
あれからどれだけの時間が経っただろうか?
セリアには手紙が届いてから二週間前後で食糧を届けて欲しいと頼んでいた。
「ああ、セリア。来てくれたか……?」
俺は玄関を開けると、久しぶりにセリアの顔を見た。
「兄さん、凄い疲れてます? 後、その部屋……尋常じゃなく熱いです! 私が感知できない――魔力ではない力が溢れてるように見えますし、兄さんが匂います」
「それは、魔力的な匂いか?」
俺が確認すると、セリアは首を横に振り、
「いえ、普通に汗臭いです」
鼻をつまみ、嫌そうな顔をするセリア。
「これ、兄さんに頼まれた食糧と水です。一体何をされているのですか?」
セリアはそう言いつつ、俺の脇からアパートの中を覗き込もうとしてきた。
「今は内緒だ」
別に教えても構わないのだが、女神ミューズの話やフェニックスの話をし始めると時間が足りない。
その間も卵を温めておきたい。
「むー、全然私に付き合ってくれないですし、兄さんは酷いと思います」
セリアは頬を膨らませると、俺を睨みつけてきた。彼女の頭を撫でて機嫌を取ろうかと思ったのだが、先程「汗臭い」と指摘されてしまったので自重しておくことにした。
「悪いな、俺も国家冒険者の資格を取るために忙しいからさ、その内埋め合わせはするから」
「約束ですよ! その時は一日付き合ってもらいますから」
セリアはそう言って帰っていった。
俺は彼女との約束を果たすためにも、早く卵を孵化させなければと考え、室内へと戻った。
「…………ん? んん?」
違和感を覚えて目を覚ます。先日まで感じていた暑さが消えている。
「っ! 頭が……重い」
思わずふらつきそうになり、慌ててバランスを取った。
「一体、何が……?」
気が付けば眠ってしまっていたようで、状況が把握できないでいた俺だが、
「あっ! 卵が割れている!」
床にはフェニックスの卵の欠片が散らばっていた。
「な、中身は!?」
慌てて周囲を見回すが、生物らしきものは見当たらない。
狭いアパートの一室だ。隠れられるような場所はないはず。もしかして外に逃げたのかと考えるが、ドアには鍵がかかっているし、窓や壁が壊れた様子もない。
一体どこに行ったのか?
俺が混乱していると、
『ピイ』
上から声がした。
俺は両腕を頭部へと伸ばすと何やら暖かいものに触れる。
それを掴んで眼前に持ってくると、そこには美しい橙色の羽根を生やした大きなヒナがいた。
『ピピピイ』
ヒナがジタバタ暴れると、両手からするりと抜け落ち地面にボテッと着地する。
落ちたヒナは自らの脚で歩き近付いてくるとジャンプしてよじ登り膝にすっぽりと収まると首を自分の羽根に埋め目を閉じた。
あまりにも可愛い行動に俺は思わず撫でる。
確かな暖かさが指に伝わり、孵化が成功したのだと実感がわいてきた。
「これが、フェニックスなのか?」
俺の疑問にヒナは一瞬目を開けるのだが、答えを返してこなかった。
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