第44話 同期冒険者リッツとハンナ
授与式を終えると、俺たちは係の者に控室へと案内された。
城内ということもあり見たことのないような煌びやかな調度品が飾られ、豪華なテーブルや椅子が並べられている。
おそらくこれ一つで家が買える程の高級品なのだろう。もし割ってしまったらと考えると迂闊に触れる気も起きない。
俺は壁際から距離を取ると部屋の中央に移動した。
テーブルの上には氷水が入った瓶とグラスが置かれている。
俺はそれに手を伸ばすと、水を注ぎ乾いた喉を潤した。
「はぁ、緊張した……」
そこで初めて、他の人間の声が聞こえた。
案内人もいなくなり、この場には試験に合格した者のみが残っている。
リッツさんは脱力すると、背もたれに身体を預けていた。
「だらしないわよ、リッツ」
「仕方ないだろ、ハンナ。あれだけの貴族に囲まれたんだ」
気持ちはわからなくもない。
平民の俺たちは普通に生活をしている場合貴族と顔を合わせることはほぼない。かろうじてあっても、その土地を納めている領主くらいだ。
それなのに周囲を貴族や大商人に囲まれていたのだ、緊張しないわけがない。
「今後は貴族との付き合いも増えるんだから慣れるしかないでしょうに」
ハンナと呼ばれた女性はリッツさんに忠告をする。
「いや、そういうハンナだってガチガチになってたろ!」
「はぁ? し、してないし!」
この場には五人の合格者がおり、俺は全員の授与を見ていたが、ハンナさんは確かにリッツさんよりも緊張していた。
「何よっ!」
「何だよっ!」
互いに認めず睨み合う二人を見て、先程までの緊張もほぐれ、思わず口元が緩む。
その気配を感じたのか二人が一斉にこちらを向いた。
「あっ……」
聞き耳を立てていたわけではないが会話を聞いてしまっていたので気まずくなる。
「クラウスです。よろしくお願いします」
俺は二人に自己紹介をした。
「お前が今回の試験のトップ合格者だろ?」
リッツさんが知っているとばかりに頷く。
「その年で試験を乗り越えて一発で合格したんだって? 凄いわね」
ハンナさんはテーブルに肘をつくと俺を観察してきた。
この場にいる他の二人も俺に注目している。
「たまたま、運が良かっただけです」
多くの人に助けられたことで、こうして国家冒険者になることができただけ。自分の功績として誇るつもりはない。
「ちっ、同じ組だったら負けてないと証明できたんだがな……」
「無理でしょ。リッツの実力でエルダーリッチを倒すなんて」
ハンナさんは鼻で笑うと両手を広げた。
「うるせえよ」
そんな飾らない言葉を投げあう二人のやり取りで、一つ気になったことがあったので聞いてみることにした。
「そういえば、他にも試験があるんですね?」
今回の合格者でリッツさんとハンナさんは護衛試験で見た記憶がない。
「ああ、国家冒険者試験はいくつかあるからな。特に、何度も受けている人間はこれまで受けたことがない試験に振り分けられやすい」
試験の対策を練ることができるからだろうか、同じ内容の試験に連続で振り分けられることはないとリッツさんは説明してくれた。
そういうことならブレイズさんも次の試験で受かるかもしれない。俺は彼の合格をひそかに祈っておく。
「それより、後見人の名前聞いて驚いたぞ。伯爵家がほとんどって……」
リッツさんが驚愕の表情を浮かべ俺を見る。
「後見人の名前は今後仕事を取る上で重要だからね。同期ではあなたが一番の出世頭なのは間違いないわね」
ハンナさんが興味深そうに俺の顔を覗き込んで来た。
いずれも笑ってはいるがどこかこちらを探っているような様子が見える。口を開かない他の二人も同様に俺を意識しているのが伝わってくる。
この場でどう答えるか悩んでいると……。
「お待たせしました、パーティー会場の準備ができました」
ドアをノックする音がして、案内人が現れた。
先程までの授与式はあくまで前座だ、本番はここからと言うことになっている。
「はぁ、行くとするか……」
リッツさんが憂鬱そうな溜息を漏らす。
俺たちは上級国民が集まるパーティー会場へと連れていかれるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます