第45話 先輩国家冒険者キャロル

 以前、セリアのデビュタントが行われた場所とは違う、城内にあるさらに大きなパーティー会場に俺たちは案内された。


 なんでも、この会場を借りられるのは伯爵家以上で利用料も高額なので、こうした儀式の際にしか利用されることがないのだとか……。


 自分たちの授与式でそのようなパーティーを開いてもらえるとはと感激するようなことはない。何故ならこのパーティーの主役は俺たちではないからだ。


 中に入ると、貴族たちが先にパーティーを楽しんでいた。会場の主役は俺たちではなく貴族同士の交流がメインだからだ。


 俺たちは貴族に対する顔見せのためにここに呼ばれている。


「それでは、パーティーを楽しみください」


 案内人は退室し、俺たちはその場に取り残される。


「……って言っても、どうすれば?」


 マルグリッドさんからはあらかじめ、授与式の後でパーティーがあると言われていたのだが、こうして放り込まれてしまっても何をすればよいかわからない。


 国家冒険者以外に知り合いもいないので、話し掛けられる相手がいない。


 俺のパーティー経験といえば、子どもの頃に領主の館に招かれたガーデンパーティーか、セリアのデビュタントでの護衛くらいだ。


 あの時の経験を活かすなら、壁に背をつけてじっとして不審な動きがないか見張りをしておくか?


 俺がそんなことを考えていると……。


「さて、飯でも食おうぜ。緊張しすぎて腹減ったし」


 リッツさんが腹を押さえながら中央のテーブルにある料理を見ていた。


「あまり羽目を外さないでよ。貴族に無礼を働いて資格剥奪されてもしらないから」


 そんなリッツさんにハンナさんが注意をするのだが、彼女も料理が気になったのか、リッツさんについていってしまった。

 周囲を見ると、他の二人も既にいなくなり俺は会場に独り取り残されていた。


「とりあえず、俺も料理でも取るか……」


 漂ってくる美味しそうな匂いに空腹が刺激される。何せ、授与式の前から何も食べていないのだ。


 ここにいるのは貴族を含む上級国民なので、振舞われている料理も普段目にすることができないものが多い。


 このような高級料理を口にする機会など早々ないので興味を惹かれないわけがない。


(セリアにいい土産話にもなるしな)


 先程のリッツさんではないが、俺も中央のテーブルに向かい美味しそうな肉が盛りつけられたトレイに手を伸ばす。


「あっ、すみません」


 ちょうど、横から伸びてきた手とトングの前で触れ合った。


「クラウスだ」


「キャロル!」


 俺と手が触れているのは先程眠たそうに授与式に参加していたキャロルだった。


 至近距離で見つめ合う。ルビーのような瞳が真っすぐに俺を見ている。


 先程までと違い、彼女はドレスを身に着けており、左手には大皿を持ち料理を積み上げている。どうやら彼女は料理を確保している最中のようだ。


「それにしても、随分と沢山確保したな……」


 周囲をまったく気にすることなく料理を持つ彼女に、思わずそう話を振る。


「ん、これだけが楽しみだった。でなければわざわざ授与式に参列などしない」


 参加している当時から興味なさげだったが、その後のパーティーが目当てだとキャロルは言い切った。


「それにしても、限度というものが……」


 給仕も心得ているのか、次々に料理が運ばれてくるのだが、周囲の視線を感じると気まずさを覚える。


「それより、これからは同じ国家冒険者だね?」


 彼女にそう言われてハッとする。ここは公式な場で、キャロルは先輩になる。


「これから、宜しくお願いします」


 俺は言葉を改めるのだが……。


「ん、クラウス。これ持って」


 彼女は大皿を俺に押し付けてくると、新しい皿に料理を乗せ始めた。そして……。


「一緒に食べよ」


 機嫌よさそうな横顔を見せそう言った。






 目の前ではキャロルが一心不乱に食事を続けている。


 俺たちは会場の壁際に並べられたテーブルを挟んで座っていた。


 周囲の人間も、そんな俺たちに視線を向けている。


 無理もない。キャロルは見た目が整った美少女で目立つからだ。


 そんなキャロルには百人を超す後見人がいる。おそらく先程からチラチラとこちらを見ている貴族がそうなのだろう。


「ハグハグ……食べないの?」


 そんなことを考えていると、彼女は顔を上げ首を傾げて俺を見る。


「いや……食べてはいるが……」


 少しずつだが、皿から料理をとって食べている。だが、周囲の視線が気になるので、彼女程豪快に食べるわけにもいかない。


「そう?」


 天真爛漫に振る舞う彼女と違い、俺は新人の国家冒険者だ。ここで周囲に悪い印象を与えたくはない。


 そんなことを思っていると……。


「クラウス君、ここにいたか」


「レブラントさん」


 テイマーギルドのギルドマスターであるレブラントさんが話し掛けてきた。


「相変わらず目立つから、人の視線を追えば見つかるな」


 俺を探していたようでホッと息を吐くレブラントさん。


「俺ではなく彼女のせいでは?」


 周囲の視線を集めているのはキャロルの方だ。何せ彼女は国でもっとも有名な国家冒険者で人気者だから……。


「それより、紹介したい人がいるから来てくれないか?」


 ところがレブラントさんは眉根を寄せ、難しい表情を浮かべそう言ってきた。


「俺に……ですか?」


 これまでレブラントさんは俺に押し寄せる貴族や商人の間に入ってシャットアウトしてくれた。そんな彼がわざわざこのパーティーで紹介したいというのが気になった。


「一体……誰に紹介するつもりなんですか?」


 俺は希少モンスターのフェニックスとレインボーバタフライを従魔にしている。二匹からは希少な素材が排出され、それをテイマーギルドに委託販売しているのだ。


 その件があるからか、マルグリッドさんもレブラントさんもこれまで上級国民との接触に慎重になっていた。


「ボイル伯爵だ」


 その名を聞いた瞬間、俺は驚いた。


 俺の後見人の最後の一人なのだが、これまで先方の都合がつかず顔合わせができていなかった。先程の授与式に現れなかったのでこのパーティーにも参加していないかと思っていたのだが……。


「わかりました。案内してください」


 俺はキャロルに断りをいれ席を立ち、レブラントさんについて会場を移動した。


 会場にはいくつもの集団ができ、楽し気に談笑をしている。

 少人数の集まりもあれば、中心が見えない大人数の集まりもある。


 その人数こそが、この会場内の影響力なのだと考えていると、大勢の人間に囲まれている場所に到着した。


 レブラントさんが登場すると、人壁が割れ中心の人物が目に映る。


「ボイル伯爵、こちらがクラウスです」


 俺は後見人の最後の一人、ダグラス・デ・ボイル伯爵と初めて顔を合わせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る