第46話 ダグラス・デ・ボイル伯爵
「きたか」
振り向くと、白髭を蓄えた初老の男が立っていた。
堂に入った様子で周囲に取り巻く人間に外すように声を掛ける。
左手にワインを持ちながら眼光鋭く俺に近づいてくると、
「ボイル伯爵家当主、ダグラスだ」
そう名乗った。
「このたびの国家冒険者試験で推薦人を引き受けていただき、誠にありがとうございました。クラウスと申します」
俺は作法に沿った御辞儀をすると、彼に推薦人を引き受けてもらった礼を告げる。
俺が国家冒険者試験を受けることができたのは、彼を含む数名の貴族が名前を貸してくれたからだ。感謝の言葉を告げられてホッとする。
「別に礼を言われることではない」
ところが、ダグラスさんは憮然とした態度で俺に接する。その様子を見て、俺は彼に好かれていないのではないかと思った。
レブラントさんを振り返ると気まずそうな表情を浮かべている。ボイル家はテイマーギルドの創立者の家系なので頭が上がらないとは聞いているが……。
「ところで、君は随分と希少なモンスターを従魔にしているようだな?」
俺たちが目で会話をしているとダグラスさんがより鋭い視線を向けてきた。
「ええ……まあ」
俺がフェニとパープルを従魔にしていることはテイマーギルドは当然だが、情報網を持つ貴族の一部も知っているのだが、それをわざわざこの場で持ち出してきたことにきな臭さを感じた。
「先の試験でも従魔を従えていたと聞くが間違いないか?」
ダグラスさんはまるで詰問するかのように俺を見つめてくる。
「……間違いありません」
「従魔の力は強大だ。上手く使役すれば高ランクモンスターも狩るのは不可能ではないだろうな」
実際、エルダーリッチ討伐時のフェニやパープルの活躍は無視できない。俺一人だったら負けていたか、犠牲を出していた可能性が高い。
「あの……何をおっしゃりたいのですか?」
ダグラスさんは相変わらず険しい顔で俺を見ているのだが、何か不満を抱いていることはわかる。
しばらくの間俺を観察したダグラスさんは、ワインを呑むと続きを話した。
「テイマーとは儲かる職業だ。黙っていてもモンスターの素材が手に入るからそれを売ればいい。わざわざ国家冒険者になってまで危険に身を曝そうとするのは愚かだと思わないかね?」
「なん……」
ダグラスさんの言葉に声を失う。
「当家が道を切り開いたお蔭で、この国のテイマーの地位は確立されている。従魔の素材を売るだけでも一生安泰だろう?」
確かに、これまでもそれとなく指摘してきたり、嫉妬まじりに言葉を投げかけてくる者もいた。
だけど、そのような言葉をテイマーギルドの創立した家の当主から聞かされるとは思っていなかった。
「それがわかったのなら、これからは危険な場所に希少モンスターを連れて行かず国家冒険者の仕事も最小限に……」
「一つだけ、よろしいでしょうか?」
これ以上しゃべらせたくなく、無礼だとわかっていながら俺は彼の言葉を遮った。
「何かね?」
視線をそらさず、彼を睨むと俺は告げる。
「フェニもパープルも確かに希少なモンスターかもしれません」
相手がテイマーギルドの元締めだろうとこれだけは譲れない。
「ですが、二匹は俺にとって家族です、それを利用する対象のように言うのは止めてください!」
俺が言い切るとダグラスさんは大きく目を見開き、レブラントさんは口をポカンと開いた。
自分の思いを言葉にして、相手を怒らせてしまったかもしれないと考えると胸がドキドキする。
貴族の……それも伯爵家の当主の顔を潰したのだ。もしかすると国家冒険者資格の剥奪と、テイマーギルドの除籍処分が待っているかもしれない。
(だけど……そうなったとしても俺は……)
審判を待つように、ダグラスさんから目をそらすことなく見続ける。
ふと、彼の表情が柔らかくなった気がした。見間違いだろうか?
俺がじっと見ていると彼はそれに気付いたのか、
「今日は君の晴れ舞台だ、もう行きなさい」
そっけなく答えると顔を逸らした。
「失礼します」
結局、なんのお咎めもなかったことに安心し、その場を離れる。
今回の顔合わせにどのような意味があったのかと考えるのだが、彼は笑みを浮かべレブラントさんに何かを話し掛けている。
「一体、どういう人物なんだろうか?」
俺は首を傾げると、テイマーギルドの元締めを遠目に見るのだった。
★
クラウスが立ち去った後、レブラントはホッと息を吐くとようやく安心したような表情を浮かべた。
「それで、彼の印象はどうですか?」
レブラントはダグラスの正面に立つとクラウスの評価を聞く。
「この私を相手に啖呵を切るとは大した度胸だ」
元々、クラウスの評価はレブラントやギルド職員を通じて聞いている。
「だが、やはり田舎街育ちだけあってか甘い部分があるな」
ちょっとした挑発に乗り言い返してしまった。あれでは貴族連中に足元を掬われかねない。
ボイル家を含む上級貴族は国の中枢にも影響力があるので、決して敵に回してよい相手ではない。従魔を道具のように言われても我慢しなければならない場面もこの先あるだろう。
今の場面で我慢しなければならなかった。
「それは……その……言い返したことでどうなるか想像がつかなかったのではないかと……」
クラウスは貴族の流儀に疎い。だからこそ先を想像できず言い返してしまったのではないか?
レブラントはそう考えたのだが……。
「いや……」
ダグラスは最後までクラウスが目を逸らさず、真っすぐな目で自分を見ていたことを思い出す。
(あれはどうなるかわかっていなかったのではない)
おそらくは、大切な従魔のためならば地位など無価値と捨てるつもりだったに違いない。
(あの瞳はまるで……)
ダグラスは幼き日に見た偉大なる先祖を思い出していた。彼は分け隔てなくすべてを平等に扱い、あらゆるモンスターにも好かれていた。
クラウスの瞳は彼にそっくりだった。
「貴族を相手に自分を貫くというのは、なかなかできることではない」
ふたたび集まりつつある取り巻きを見て、ダグラスはレブラントに話し掛ける。
「彼は良きテイマー、そして優れた国家冒険者になるだろう」
空になったワイングラスに酒を注ぎ、クククッと笑って見せる。
そんあダグラスを見たレブラントは、彼がクラウスを気に入ったのだと理解した。
「彼がどう成長していくのか、何を成すのかが楽しみだ」
酒をかかげ乾杯をする。
まるでクラウスの未来を楽しみにするかのように……。
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