第47話 引っ越し


『ピヒャー……ピヒャー』


『…………Zzz』


 フェニとパープルが寄り添って寝ているのを眺めている。


 マジックワームであるパープルを初めて孵化させたのが今から半年前、フェニを孵化させたのが今から四ヶ月前。


 生まれて以来二匹と一緒に過ごしてきたのだが、どちらの身体も大きく成長していた。


 パープルは元のマジックワームからレインボーバタフライという希少モンスターに進化して、四枚の美しい羽根と触角を持つとても綺麗な蝶になっている。


 進化前の糸を吐く行動は今もやっており、見た目からはわからぬ力を発揮し、糸で絡めてモンスターを持ち上げて落とすことができる。


 初めて孵化させた時の小さな芋虫姿も可愛かったが、気品があって美しい羽根を持つ今のパープルはとても綺麗だ。


 そんなパープルは現在、フェニの頭に止まって眠っている。


 羽根を閉じ、呼吸に合わせて少しずつ動いている。


 フェニはというと、首を後ろに回し自分羽根に顔を埋めて目を閉じている。


 生まれた時は子猫程の大きさだったのだが、現在は二回り程成長している。


 甘えん坊なところはあまり変わっておらず、俺やセリアをクチバシで突いて気を引いては頭を差し出し撫でてもらおうとしてくる。


 つぶらな瞳を向けられると、俺もセリアも断ることができず、ついついフェニに構ってしまうのだが、そうするとパープルも黙っておらず、家にいる大半の時間を俺は二匹と触れ合って過ごすことが多かった。


 そんな、まだまだ甘え盛りな二匹だが、段々と成長してきているので窮屈に感じる。


 寝る時は互いに身を寄せ合うのだが、朝起きた時に床で寝ていることもあったりした。


 ――コンコンコン――


 ノックの音が聞こえ、俺がドアを開けるとアパートのオーナーの姿があった。


「どうかしましたか?」


 彼は奥に眠る二匹をおどおどしながら見ると、震えながら言った。


「実は……、アパートから出て行ってもらえないかと……」

「えっ?」


 その一言に、俺は固まるのだった。


 



 翌日になり、俺はテイマーギルドを訪ねた。


「あら、クラウスさんじゃないですか。国家冒険者試験に合格したんですよね? おめでとうございます」


 受付に行くと、いつもの係員さんが笑顔で迎えてくれる。


 俺が国家冒険者試験に合格した話は、レブラントさんを通じてテイマーギルド全体に広がっているようで、ここに来るまでに他の職員さんからも祝いの言葉をもらった。


「ありがとうございます」


 俺が返事を返すと、係員さんはさらに話を続けた。


「御両親も鼻が高いでしょう?」


「一応、両親には手紙で知らせておきましたけど、まだ返事が来ないんですよね」


 両親に向けて国家冒険者の資格を得た報告と、セリアの生活に関する報せを送っているのだが、今のところ手紙が戻ってきていない。繁盛期で読んでいない可能性もある。


「それで、今日はどうされたのですか? 依頼かなにかでフェニちゃんとパープルちゃんを預けに来たんですか?」


 そんなことを考えていると、係員さんが来訪理由を尋ねる。


「実は家を借りたいんですよ」


 俺は早速そのことについて答えた。


「家、ですか?」


 係員さんは頬に手を当てると首を傾げてみせた。


「ですがクラウスさんは現在、借り家に住んでいらっしゃいますよね?」


 住所登録をしているので、係員さんは俺の居住状況を知っている。賃貸をしているにも関わらず家を探しているのが引っ掛かったようだ。


「実は昨晩アパートのオーナーが訪ねてきたんですけど、フェニやパープルを見て怯えている住人から苦情が来ているみたいで……」


 俺は彼から告げられた事情をそっくり係員さんに話して聞かせた。


 二匹とも温厚なので、人に危害を加えるようなことはないのだが、モンスターに慣れていない人間には脅威に感じるらしく、不安を訴えかける者が続出したようだ。


 並みの低ランクモンスターならばともかく、子どもとはいえ高ランクモンスターであるフェニやパープルは傍にいるだけでストレスとなる存在なのだとか……。


 これは特に珍しい反応ではなく、従魔をおそれる人は他でも多い。


「というわけで、急遽引っ越しをしなければならなくなったんです」


 従魔のこととなればテイマーギルドに相談するのが一番だ。そう判断した俺は何か良い物件がないか彼女に聞きに来たのだ。


「なるほど……。そういうことでしたか」


 係員さんは口元に手を当てると、事情を察し頷いてくれた。


「もちろんクラウスさんの頼みであれば紹介するのは構いませんけど……その……」


「何か問題があるんですか?」


 微妙に言い辛そうな感じに思わず突っ込んでしまう。


「テイマーと言う職業が認知されるようになってから歴史が浅く、理解してくださる人も少ないんです。だから、従魔と住める家は賃貸ではなく、購入になるんですよ」


「そ、そうなんですか……?」


 それだと随分と話が変わってくる。俺は表情をこわばらせると彼女の言葉に耳を傾けた。


「ええ、従魔が住むとなると貸してどのような影響があるかわからないですし、敷金を多く取ったところで家がなくなるかもしれないと貸主が警戒するようになり、だんだん規約が厳しくなって、だったら最初から売り物件しか取り扱わなくなったんです」


 テイマーギルドは、レッドドラゴンをテイムしたボイル伯爵家が創設したギルドで、それ以前にはモンスターと共存する考えは存在していなかった。


 世間でも従魔に対する偏見はまだ残っているし、宮廷には反テイマー派閥なるものも存在しているのだとか……。


 そんなわけで、従魔が住める環境と言うのは割と限られているらしく、他のテイマーも苦労しているのだと係員さんは愚痴を漏らした。


「でもその分、お売りできる物件は従魔にも快適に過ごしてもらえるように考えて建造されていますから」


 係員さんはそう言うと一度奥に引っ込み、しばらくして中年の男を連れてきた。


「こちらテイマーギルドの不動産全般を担当しているサギンさんです。物件の希望についてはこの人と話してもらえますか?」


「よろしくお願いします」


 係員さんに紹介されたサギンさんはハンカチで汗を拭きながら挨拶をしてきた。


「こちらこそ、急に頼んでしまってすみません」


 彼の手を取り握手をする。


「あの高名なクラウスさんの家を御世話できるのは光栄です。張り切って紹介させていただきたいと思います」


 サギンさんは張り切るとファイルを開くのだった。

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