第6話 覚醒の時

 翌日から、俺は毎日剣と鎧を身に着け森に向かうようになった。

 最初の数日は、日にハーブが一枚見つかればよく、普通に働くのと変わらない収入しか得られなかったが、一週間が経つころには生えていそうな場所がある程度わかるようになり、数枚のハーブを収集できるようになった。


 帰宅時には必ず養鶏場で卵をもらい、家に帰ったら寝る前に孵化させる。

 これを繰り返すことで、少しずつだが慣れてきて疲労も減ってきた。


 モンスターと遭遇する危険はあるものの、これまでの仕事と違い高収入を得られるようになってきたので、この調子ならもう少し働けば纏まった金額をてにすることができる。


 そうすれば、両親にその金を見せ、俺が冒険者をやっていることを話し、セリアを王都に留学させるように説得できる。


 そんなことを考え、森を歩いていると……。


「おっ、またお前か……」


 ハーブを食べているマジックワームを発見する。初日以来の遭遇だ。


 あれから、博識のセリアに夕飯時にそれとなく聞いたのだが、どうやらマジックワームはそれほど数が増えないモンスターらしい。

 動きが鈍く、他のモンスターに食べられたり、卵にも魔力があるので昆虫など小さな動物の栄養源にされてしまうため、繁殖し辛いのだとか。


 そう考えると、なんだか可哀想な気がしてくるので、俺はマジックワームが食べる前のハーブをさっさと摘みとった。


 マジックワームは餌がなくなったので今あるハーブを食べ終えるとのそのそと草木の陰に消えていく。


「おっ、また卵産んでるな」


 マジックワームがいた場所には紫の小粒が数十粒程転がっていた。

 今回は潰す必要はない。


 マジックワームが一生懸命産んだのだろうが、放っておけば蟻やらなんやらが運んで行って食べてしまうのだろう……。


「まてよ?」


 そこでふと思いつく。

 これを孵化させたらどうなるのだろうか?


 俺が毎日鶏の卵を孵化させているのはその内、家の食糧を賄えるのではないかと考えていたからなのだが、スキルが『孵化』となっている以上、これも対象ではないか?


 さらに、セリアから聞いた話では、マジックワームは【生活環境】が変わることにストレスを感じて弱るらしく、過去にマジックワームの卵を孵化させて飼育したという話も存在しているらしい。

 これを持ち帰って孵化させることができたら、一儲けできるのではないか?


 そう考えた俺は、紫色の卵を麻袋にいれ、潰さないように慎重にしまう。


「とりあえずもってかえるか」


 紫色の卵を麻袋にいれ、潰さないように慎重にしまうと帰宅した。




「さて、今日もやるかな……」


 夜中になると、俺は活動を始める。今日『孵化』をさせるのはマジックワームの卵だ。

 この一週間程『孵化』を繰り返した結果、それほど疲れなくなってきた。

 最初こそ、卵1個で疲労困憊していたのだが、今なら2個か3個は孵化させられる気がする。


 そんなわけで、少しずつ能力が成長している感触を覚えてきたので、今日は新しい試みをしてみようと考えた。


 俺はマジックワームの卵を1個取り出すと、早速、孵化を使ってみる。


「くっ、久しぶりに感じるきつさだ……」


 小さいので孵化させるのも楽かと思っていたがそんなことはない。鶏卵など比較にならない程力が吸われているのを感じる。

 それでも、感覚的に段々孵化が近付いているのが解る。


 卵が膨張し、いよいよマジックワームが殻を破って出てきた。


『……』


 生まれたばかりのマジックワームは、まあ普通に小さいマジックワームだった。

 卵から這い出したマジックワームは動き回るとハーブを発見し食べ始める。孵化に成功したら必要になるかと思い、とっておいたものだ。


「にしても疲れた……」


 まさか、卵1個でここまで疲労するとは思わなかった。


「ひとまず、こいつもしばらく育てて様子をみるとするか」


 眠気が限界になったので、俺はマジックワームをカゴに入れると休むのだった。






「最近、兄さんが匂います」


「えっ?」


 いつものように朝起きて飯を食っていると、セリアがそんな言葉を言い出した。


「毎日、風呂にはいってるけど、洗い足りないのか?」


 自分でも匂いを嗅いでみるのだが、特にわからない。

 もしかすると、妹の反抗期というやつではないかと考えていると……。


「いえ、普通の人にはわからない臭いだと思うのですが、魔力を使った後に漂うような……」


 心当たりは一つしかない。おそらくマジックワームのことだろう。


 マジックワームは魔力を溜めこむ。魔導に才能があるセリアだからこそ気付いたに違いない。


 彼女は鼻を動かし臭いの元を探っている。このまま仕事に行けば部屋の中を調べ始めるかもしれない。


「そ、そうだ……。今日は急ぎの仕事があったんだ。俺もう出掛けるから」


「あっ、兄さん!」


 俺は慌てて部屋に入り、マジックワームを回収。即座に家を出た。





「まさか、セリアにバレるとはな……」


 てのひらの上でハーブを食べて寛いでいるマジックワームを見る。こうして餌を食べている姿は愛らしいと言えなくもない。


 いずれにしても、このまま家に置いておくわけにはいかない。何せ、セリアはこの手の生き物が苦手だったりするからだ。


「まだ生まれたばかりだし、野生に返すかな?」


 俺がそう呟くと、マジックワームの頭が動き俺の方を向く。まるで言葉を理解しているかのようだ……。

 何気なく見ていると、だんだん可愛く見えてきた。俺は思わず浮かんだ名前を呼ぶ。


「今日からお前は『パープル』だ」


 次の瞬間、


 《『パープル』と従魔契約が結ばれました。【魔力増加小】を獲得しました》


「い、今の声は……」


 突然、頭の中に声が響き耳を抑える。たった今聞こえた声は女神ミューズと似たような……どこか、現実離れしている声のような気がした。


「従魔契約? 魔力増加小? なんなんだ? いったい?」


 今までおこらなかった事態に俺は混乱すると、目の前のマジックワーム――パープルを見るのだった。


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