第5話 ハーブ収集

 街を出てから数時間歩き、森へと入る。

 途中、街道から外れ平原を抜けるのだが、期待していたゴブリンとの遭遇はなかった。


 足場が悪くなったので転ばないように気を付けながら奥へと入っていく。

 数十分程歩いてみるのだが……。


「ハーブが、見当たらない」


 森まで数時間、探索に数十分。一向にハーブが見つからず焦りが浮かんでいた。


(考えて見ればそうか。簡単に手に入るようなら、報酬がそんな高くなるはずがないか……)


 受付の女性も言っていた通り、他の冒険者はハーブが自生している場所を知っていて定期的に収集しにきているという。

 逆に言えば、そういう場所を知らなければ、簡単に見つけることができないというわけだ。


 そうなると、根気よくやるしかない。

 森を歩き回り、ハーブを見つけたらその場所をメモしておく。そうすれば時間を置いて定期的に回ることで段々効率よくハーブを収集できるようになる。


「セリアのためにも弱音を吐くわけにはいかない」


 俺の命を救うために高価な薬を与えてくれた両親、借金の返済をするため留学を諦めたセリア。俺のせいで家族を不幸にするわけにはいかない。


 俺は気合を入れなおすと、ハーブの探索を続けた。




「やっと、発見した……」


 あれから、歩き回ること1時間程。目の前にようやくハーブが生えているのを発見した。


「これで、今日の労働分は確保した」


 一枚でも見つかれば、普通に一日働いたのと同等の稼ぎを確保できる。

 街から離れた場所までくる分、労働として大変なのだがこればかりは運なのでしかたない。


 俺がハーブを摘みとろうと手を伸ばすと、


『…………』


「うわっ!」


 地面で何かが動いたかと思うと、てのひら程のサイズの芋虫がいて驚いた。

 紫色の斑点を持つこの芋虫は【マジックワーム】という、魔力を体内に蓄えるモンスターだ。


 それほど強くないのだが、吐き出す糸に魔力が宿るためちょっと高級な服の布にも使われているという。

 捕獲して育てて糸を取ることも可能らしいのだが、意外と繊細らしく、生活環境が変わるとストレスで直ぐに死んでしまうらしい。


 そんなマジックワームに対する知識を俺が掘り起こしている間にも、マジックワームは食事を続けていた。

 のそのそと移動をして、葉っぱを食べている。よく見るとそれはハーブで、食べ終えたマジックワームは次に向かったのは俺が摘もうとしているハーブだった。


「させるかっ!」


 ここで食べられてしまうと、今日の稼ぎがなくなってしまう。

 俺が剣を振ると、手に硬い感触を感じマジックワームが吹き飛んでいった。


「危なかった……」


 マジックワームの主食がハーブというのは初めて知った。

 もしかすると、森の中で一向にハーブが見当たらなかったのはコイツのせいではなかろうか?


「げっ……卵を産んでいる……」


 麦粒程の大きさの紫の卵がハーブに付着していた。俺は手で払うと卵を潰しておく。こいつらが孵ってハーブを食い荒らすと今後俺が採る分がなくなる。


 自然の競争は残酷なのだ。


「とりあえず、今日は何とかなったし帰るとするか……」


 俺は溜息を吐くと、前途多難な状況に空を見上げるのだった。





「兄さん、お帰りなさい」


 冒険者ギルドで換金を終え、養鶏場で卵をもらい、納屋で装備を脱いでから家に戻った俺に、セリアが駆け寄ってきた。


「うん? いつもより汗臭くないですか?」


 セリアは鼻を動かすと俺に顔を近付けてきた。


「今日はちょっと張り切って働いたから、先に風呂入ってきていい?」


「ええ、兄さんの為に魔法でお湯を張っておきましたから。ゆっくり疲れを癒してください」


 風呂はどこの家庭にでもあるものではない。全身を浸かれるくらいのお湯を魔導具で出すのは勿体ない。

 家は、セリアが四属性魔法を習得した時、思い切って風呂場を作ったのだ。布で身体を拭くのに比べて、全身が暖められるので疲れがほぐれる。


「なんだったら、お背中……流しましょうか?」


 セリアは冗談めかすと流し目を送ってくる。


「いい年して妹と風呂にはいれるわけないだろ。セリアもあまりそう言う冗談は言うなよ?」


「はーい」


 俺が窘めると、彼女は機嫌良さそうに家の中へと戻っていった。

 俺はセリアが入れてくれた風呂に浸かり、その後両親と妹と晩飯を食べながら談笑をするのだった。




「さて、皆、寝たかな?」


 夜中になり、俺はベッドから起き上がると魔導具の明かりをつける。家族に気付かれないように明かりを最小限に絞ると、引き出しから鶏の卵を取り出した。


「これを使うと、疲れるのは間違いないけど……」


 せっかく、女神ミューズから与えてもらったスキルだ。使わないと勿体ない。

 俺は卵に『孵化』のスキルを使用すると急激に疲労が溜まって行くのを感じた。


「はぁはぁ、これでよし……と」


『ピヨピヨ』


 黄色の毛玉がこちらを見上げ鳴く。俺は慌ててクチバシを塞ぐのだが、ヒヨコがじたばたと暴れはじめるので手の中にすっぽり収めた。

 俺の指に頭を押し付け丸くなり眠りはじめるヒヨコ。身体が暖かく毛がふわふわしていて和む。


 そんなヒヨコを見ていると、


「兄さん、まだ起きてるんですか?」


 ドアがノックされ、セリアが声を掛けてきた。

 俺は慌ててシーツを引き上げると、


「兄さん?」


 ドアが開き、セリアが入ってくる。

 セリアはフリルのパジャマを身に着けていた。


「ど、どうかしたか?」


「いえ、何やら兄さんの部屋から魔力の波動が伝わってきたので気になったんです」


 魔導具に反応したのか、彼女は部屋に入るとキョロキョロと周囲を見回し不思議そうに首を傾げる。


「ちょっと目が冴てしまって、もう少ししたら寝るから」


「そうですか? なら、いいんですけど?」


 セリアが出ていくと、俺はホッと息を撫でおろす。シーツからヒヨコが這い出してきて『ピィ』と鳴くのだが、シーツのお蔭か音は漏れていない。


「取り敢えず、朝になったらこいつを鶏小屋に入れてくるか……」


 最近は市場で卵を買っているのだが、昔は鶏を飼っていた。

 病気で全滅して以来、飼うのを止めていたのだが、このスキルで孵化できるのなら飼い始めても良いかと考えたのだ。


「順調に大きくなってくれれば、卵を買わなくて済むようになるかもしれないしな」


 そうすれば少しでも家計の足しになる。地道な活動こそが地道な成果を生むのだと俺は考える。


「とりあえず、今日は疲れたし……寝るか……」


『ピィ』


 枕元にヒヨコを移動させ手で撫でると、ヒヨコは返事をするのだった。



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