第2話 目が覚めると家族に心配されていた

「……っ」


 目を開けようとすると、眩しくて閉じてしまう。

 ゆっくりと瞼を開いて行くと、視界に両親と妹の姿が映った。


「クラウス! 目を覚ましたか!」


「ああ……良かった」


 父親のポールと、母親のタリスが喜んでいる。


「兄さん……本当に良かった……、私、兄さんが死んでしまったらどうしようかと……」


 妹のセリアは大粒の涙を溢しながら俺に抱き着いてきた。

 普段はしっかり者で、よく俺や父親にだらしないと小言を言ってくるのだが、彼女が泣くのを見るのはいつ以来だろう?


 両親から優しい言葉を掛けられながら、セリアの頭を撫でる。


「俺って、どのくらい寝ていたの?」


「お前が雷に打たれてからちょうど1週間になる」


「意識が戻らず、心臓が止まった時はもうだめかと思ったのよ」


 俺が聞くと、両親がそう答えた。

 雷に打たれたというのは、おそらく、女神ミューズが俺に力を授けたときのことを言っているのだろう。


 雷に打たれた記憶はないが、その前のことは朧げに覚えている。たしか……。


「それ、セリアは大丈夫だったのか!?」


 確か、彼女と道を歩いていた最中だったはず。


「ううう、雷に打たれる瞬間、兄さんが私を突き飛ばしてくれたんです。だから、私は火傷一つ負ってません」


 妹が顔を上げ、当時の説明をしてくれる。サファイアの瞳を潤ませ俺を見ると、ふたたび胸に顔を埋めた。


「そうか……お前が無事ならそれでいい」


 彼女とは血が繋がっていないのだが、十年一緒に過ごしたので大切な家族だ。セリアの綺麗な顔に火傷が残らなかったのなら、俺が雷に打たれた意味もあったというもの。


「それにしても……」


 こうして目を覚ましてみると、あれは夢だったのではないかと思い始める。

 女神ミューズが俺の夢に現れて神託を告げたと考えるよりは、瀕死の重傷の中、妙な夢を見たと思った方が正しい。

 もし、あれが夢でないとしても、いまだ心配そうに俺を見てくる両親や、セリアにそのことを告げても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。


「兄さん?」


 考えこみながら、セリアの頭を撫でていると、心ここにあらずというのを読み取ったのか、妹が顔を上げる。


「はいはい、セリアもそこまでにしなさい。クラウスもようやく起きたばかりなんだから」


「そうだぞ、重傷だった人間をこれ以上疲れさせるわけにはいかない」


「そう言えば……ふぁ……、まだ眠いな……」


 1週間も寝ていたはずなのに、眠気が残っている。


「話は明日にでもゆっくりする。今は休みなさい」


 父親の言葉に甘えることにし、頷いた。


「いや、今離れたら、兄さんが死んじゃう」


 セリアはいやいやと首を横に振ると俺の服を強く掴んだ。


「まあまあ、仕方ないわね。クラウス、一緒に寝てあげなさい」


「いや、それは……ちょっと……」


 セリアは今年15歳になるのだが、年々成長してきており、身体つきも女性らしくなっている。

 そんなセリアと一緒に寝るのは、正直避けたいと思っているのだが……。


「兄さんは、私と一緒に寝るの嫌なの?」


 俺が倒れている間、セリアはほとんど寝ていないのだろう。目の下に隈ができているのを見ると、罪悪感が湧いてくる。


「はぁ……しかたないな、今日だけだぞ?」


「うん、兄さん。大好き!」


 より強く抱き着き、身体を押し付けてくる妹に、


「お前たちは本当に仲が良いな」


「セリア、ゆっくりお兄ちゃんに甘えるのよ」


 両親は微笑むと部屋を出ていくのだった。






「ううう……暑い、苦しい」


 翌朝目が覚めてみると、セリアに抱きしめられた状態だった。

 顔には彼女の育った胸が押し付けられており、呼吸が阻害されている。


「ううん……兄さん」


 セリアは良い夢を見ているのか、口元を緩め寝言を呟いている。

 俺はそんな彼女の腕から抜け出すと、ベッドから降り、彼女を起こさないように部屋から出た。


「クラウス、朝食食べる?」


 部屋からでてリビングに行くと、母親が振り返り聞いてくる。


「父さんは?」


 父親がいないことが気になり周囲を見回すと、


「お父さんは仕事よ。あんたが目覚めるまでずっとそばにいたから、仕事が溜まってるのよ」


 息子のために仕事を休んでまで傍にいてくれた。そのことを聞いて胸が暖かくなった。


「お腹ぺこぺこだ、母さん。食事お願い」


 無理もない。一週間も何も食べていなかったので、空腹を意識してしまうと我慢できなかった。

 母親は、焼きたてのパンを皿にのせ、サラダを用意する。コップにスープを注ぐとテーブルへと置いた。


「うん、美味しいよ」


 久しぶりの食事ということもあって美味しい。空っぽの胃に薄い味付けのスープが染みわたり、パンの旨味が口の中に広がる。

 もし、死んでしまっていたらこの味を味わえなかったのだと思うと、こうして食事をできることに幸せを感じる。


 俺の部屋のドアがドンっと開いた。


「兄さん!?」


 セリアが慌てた表情を浮かべ、俺を見ていた。


「どうしたの、セリア。朝から騒々しい……」


「起きたら、兄さんがいなかったから……もしかしてと思って」


 彼女はホッと胸を撫でおろすと、近付き隣に座る。


「はい、あんたの分ね」


 母親は溜息を吐くと、食事を用意しテーブルに置いた。


「良く寝ていたから、起こすのも悪いと思ったんだよ」


 責めるように青い瞳を揺らすセリアに、俺はそう告げる。


「別に、そんなんじゃないし……」


 妹は目を逸らすと、パンを頬張るのだった。

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