第3話 ゴミスキル『孵化』

 朝食を済ませた俺は、部屋に戻り一人で考え込む。女神ミューズと話したのは本当に夢だったのか?


「そうだ、確か『スキル』がどうとか言ってたな……」


 意識を取り戻す直前、女神ミューズは俺にスキルが備わるようなことを言っていた。

 俺は念じると自分の状態を見た。



クラウス:人間

性 別:男

年 齢:16歳

称号:女神ミューズの祝福

筋 力:E

体 力:E

敏捷度:E

魔 力:G

精神力:D

幸 運:G

状態:健康

スキル:『孵化』


 この「ステータス」の魔法は、念じるだけで自分の状態を見ることができる。

 それぞれの項目はS>A>B>C>D>E>F>Gの順番になっており、戦いを生業にしていないごく普通の人間の平均はFになる。

 「魔力」「精神力」「幸運」は人によってわりとバラバラなのだが「筋力」「体力」「敏捷度」は鍛えることで伸ばすことができる。

 伸ばすことができない「魔力」が高い者は魔導師を目指し「幸運」が高い者は商人を目指すことが多い。

 俺はどちらもGなので、そのような立場になることを最初からあきらめていた。


「ん、やっぱり……スキルがあるぞ」


 スキルとは、特定の能力を発揮できるようになる力だ。

 これがあると、その分野において他人より秀でることができるので、各分野においてそのスキルの有無で待遇が変わってくる。


「やっぱり、俺は本当に女神ミューズに会ったんだ」


 これまで存在していなかったスキルの出現のお蔭であれが夢でなかったと確信をする。

 そうすると、魔境でモンスターが活性化しているという話も真実なのだろうか?

 ひとまず、これが本当にスキルなのか検証する必要がある。俺は部屋を出て外に向かおうとするのだが、セリアの姿が見当たらない。


「あれ、母さん。セリアは?」


「あの子ならバイトに出掛けたわよ」


「あれ? でも、もう辞めたんじゃなかったっけ?」


 セリアはもうじき王都の名門学校に入学する予定だ。彼女には「魔導」のスキルが備わっている。これはスキルを得られる者のなかでもレアで、きちんと学んで能力を伸ばせば城で働くことも夢ではない。


 そのこともあってか、バイトを辞めたと思っていたのだが、どうしていまさら働いているのだろうか?


「……まあ、いいじゃない。あの子がやりたがってるんだし」


 首を傾げるが、母親は苦い顔をすると言葉を濁す。


「まあいいや、俺ちょっと出掛けてくる」


「まだ体調が治ってないんじゃないの? セリアが戻るまで待ったら?」


 母親は心配そうに見てきた。だけどそれでは意味がない。このスキルがちゃんと使えるか一人で確認をしたいのだから。


「ずっと寝てたから身体がなまってるんだ。ちょっと散歩したら帰ってくるからさ」


 俺はそう言うと、母親に引き止められる前に家を出るのだった。





 家を出て俺が向かったのは、街の外にある養鶏場だ。『孵化』というスキルからして、卵に関係ある能力だと思ったからだ。

 養鶏場や牧場に農場などは街の外にあるので、歩いて行くのに結構時間が掛かる。

 丸一週間の間寝たきりだったからか、体力が落ちているようで着くまでのあいだに少し息が切れた。

 それでもどうにか無事に鶏の卵を手に入れた俺は、人が寄り付かない物置小屋の陰に隠れると、早速スキルを使ってみることにした。


「……緊張するな」


 スキルが出現している場合、その使い方は意識するだけで伝わってくるとセリアから聞いている。

 俺は卵を両手で握ると意識を強く集中した。


「なん……だ……これ?」


 次の瞬間、身体から何かが抜けていく感覚に陥る。先程歩いていた時とは比較にならない程の疲労が押し寄せてきた。

 どうにか意識を保ち、スキルを使っていると……。


「おおっ! 後少しか?」


 卵にヒビが入り、クチバシが見えた。

 俺がスキルを使うのを止め、卵を見ていると……。


『ピヨピヨ』


 しばらくして、ヒヨコが孵った。


「確かに、このスキルは本物だった……」


 女神ミューズの言葉には何一つなく、俺もスキルを使えるようになったのだが……。

 身体が限界を迎え、瞼が重くなってきた。


「ヒヨコ一匹孵すのに……これじゃあ……使え……ない……よ」


 そのまま、意識を失ってしまった。





「セリア、怒ってるかな?」


 家のドアの前に立つと、俺は妹から説教を受けることが憂鬱で溜息を吐いた。

 時刻は既に夜になっている。母親に「少し散歩するだけ」と言って出掛けただけに、こんな遅く戻ったらどうなることか……。


 あれから、スキルの副作用なのか意識を失い目が覚めたら日が沈んでいた。俺が孵化したヒヨコもどこかへといってしまっていた。

 俺は疲れた身体を引きずるように帰宅したのだ。


 病み上がりでの外出に加えて戻らなかったことで、セリアは確実に気に病んでいるに違いない。

 俺は、家族の様子を窺がおうと、そっとドアに耳を近付けるのだが……。


「セリア、本当に、それでいいの?」


「お前だって、王都で学ぶのを楽しみにしていたじゃないか?」


 母親と父親の声が聞こえる。


「何度も言わせないでください、私はここに残ると決めたんです」


 セリアの言葉を聞き、俺は固まってしまう。


「お前は、亡き妹の忘れ形見だ。俺にはお前が立派な大人になるまで養う義務があるんだ」


「そうよ、セリア。あなたはスキルもあるし優秀じゃない。一時の迷いで人生を棒に振る必要はないのよ」


「二人とも止めてください! 薬を買うために借金をしたじゃないですか! 王都の学校に入学するには入学金もいります。私は家に負担を掛けたくないんです!」


 俺が固まっている間にも言い合いは続く。

 その内容は、どうやら俺を治療するための薬を買うのに借金をした。


 入学金もなくなり、このままでは家が大変なことになると考えたセリアは進学を諦めて働くつもりなのだという。


 両親もセリアも俺に気を使わせたくなかったのか、俺の前ではそのことを一切表情にも出さなかった。

 毎日洗濯をして食事を用意してくれる母親。仕事で疲れていても俺に剣の振り方を教えてくれる父親。


 いつも傍にいて面倒を見てくれる妹。

 セリアがどれだけ王都に行きたがっていたのか俺も知っている。


「俺が、何とかしないと……」


 普通に働いていたんじゃ間に合わない。俺は……この事態を打開するため、冒険者になる覚悟を決めた。


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