第8話 家族会議

 パープルと従魔契約を結んでから数日後、俺は家族に「話したいことがある」と言って集まってもらった。


「なんだ、話があるというのは?」


「最近、朝から晩まで働いていてほとんど会話もしなかったのにめずらしいわね」


 父親と母親が不思議そうな目で俺を見てくる。


「兄さん何か大事な話でしょうか?」


 セリアは眉根を寄せ、胸元に手を当て不安そうな表情を浮かべていた。まるで何かを予感しているかのような様子に、俺は覚悟を決めると告げる。


「実は俺、今、冒険者をやっているんだ」


 俺の告白に三人の顔色が変わる。


「や、やっぱり! そうだったんですね!」


「知っていたのか?」


 セリアの言葉に驚く。まさか気付かれているとは思っていなかったからだ。


「最近、兄さんの様子が変だったから、コッソリ様子を探っていたんです。そうしたら、お父さんの冒険者時代の武具を身に着けて出て行くのが見えて……」


 セリアは瞳を潤ませ俺を見上げてきた。


「おまえ……そんなことをしていたのか?」


「身体は、大丈夫なの?」


 セリアの言葉に、両親も心配そうな顔をする。


「そもそも、俺が冒険者を引退したのは、冒険者時代に怪我を負ったからだ。確かに稼げる仕事ではあるが、命を張ってまでやるようなものじゃない」


「そうよ、大体あなた、これまで冒険者になりたいなんて一度も言い出さなかったじゃない」


 俺だって、冒険者になるつもりはなかった。このまま平凡な仕事をこなして、街で一生を終える。そんな未来を想像していた。


「この家に借金があることを知っている。そして、そのせいでセリアが王都への留学を諦めたことも」


 だが、俺の治療のために家は借金を背負い、セリアは夢を諦めようとしている。

 そんな状況で、何も知らないふりをして元の生活に戻ることなんてできやしなかった。


「おまえ……気付いていたのか?」


 俺に気を使わせないため、このことは三人だけの秘密にするつもりだったのだろう。

 困惑する三人をよそに、俺は懐からお金が入った皮袋を取り出した。


「ここに、俺が冒険者稼業で稼いだ金がある」


 紐を緩め、中身をテーブルへと広げる。毎日ハーブを収集して得た、俺の努力の結晶だ。


「この金で、セリアを王都に留学させて欲しい」


「兄さん!」


 俺が両親に願いを告げると、セリアが叫ぶ。


「皆が、俺を蘇生させる為に薬を買って借金をしたことは知っている」


 俺は彼女が何か言う前に手で制すると言葉を続ける。


「だけど、俺だって皆に不幸になって欲しくない! この金でやり直して欲しいんだ」


 幼いころから剣を教えてくれた父親、毎日料理を作り優しくしてくれた母親。時には年下とは思えないしっかりした様子で俺を窘めてくれた妹。

 俺は全員が幸せに生活できるようになりたい。


「確かに、これだけあればセリアの入学金は何とかなる」


 父親はそう言うと俺に強い視線をぶつけてきた。


「だが、この先もこれだけ稼げる保証はない。何より、冒険者は危険だ。それが解っているのか?」


「そうですよ。せっかく助かった命だというのに、あなたが冒険者をしている間、私たちはどんな思いでいると思うの?」


「わたし、兄さんが私を庇って雷に打たれて、ぐったりしていて……。二度と目を覚まさないと考えたら、凄く……凄く怖かったんです。もう、あんな想いをしたくありません」


 皆が心配して、皆が冒険者を辞めろと言う。確かに、俺が冒険者を辞めて普通に働けば誰も傷つくことなく、この先も家族四人でやっていけるかもしれない。だが……。


「俺も、こんなことがあるまでは冒険者になろうと思ってなかった。けどさ、今俺冒険者をしているのが楽しいんだ。最初はセリアの留学費用や借金を返済するために危険を顧みず始めたけど、俺が納品するハーブで誰かの命が救われている。そう考えると、やりがいがある仕事なんじゃないかと思ったりするんだよ」


 冒険者ギルドで、受付の女性から感謝の言葉をもらうこともある。街の治療院でポーションで怪我を治している子どもの姿を見たこともある。


 自分が収集したハーブで誰かの笑顔を見られるのなら、こんな嬉しいこともない。たとえ止められても、この気持ちを消すことはできないだろう。


 父親と俺はじっと目を合わせる。彼が何を思って冒険者をしていたのか知ることはできないが、父親だけは俺の気持ちを理解してくれるはずだから。


「セリアの王都留学は認める。元々、行かせるつもりで、俺も仕事を増やしていたわけだしな」


「そ……そうなのか?」


「当たり前だ。俺を見くびるなよ? 大事な妹の忘れ形見、それを不幸にして何が親なもんか! 例え過労でぶっ倒れようとも、こいつが嫁に行くまでは面倒見るつもりだ!」


 父親ははっきりそう告げると「フン」と鼻息を出しそっぽを向いた。こっそりことを進めていたのは何も俺だけではないらしい。


「本当に、あなたもクラウスも……相談もなしに勝手なことをするあたりそっくりね」


 母親は呆れた表情で俺たちを親子を見た。


「えっと、私が王都に……行けるのですか?」


 話の展開についていけなかったのか、セリアがポツリと言葉を漏らした。


「ありがとう……ございます」


 口元を押さえ、涙を流すセリア。彼女は昔から王都に憧れていて、いつか学校で本格的に魔導を学びたいと漏らしていた。

 諦めていたとはいえ、それが叶うのが嬉しかったのだろう。


「良かったな、セリア」


「はい、兄さんのお蔭です」


 セリアは俺に抱き着くと胸に顔を埋める。俺はそんな彼女の頭を撫で慰めた。


「あー、それでだな、クラウス。お前の件なんだが……」


 父親は頭を掻くと複雑な表情を浮かべる。いつも即決断をしているだけに珍しい。

 母親も、父親が何を言い出すのかが気になり注目していた。


「セリアの留学に合わせて、お前も王都に行け」


「えっ? 俺も王都に!?」


 完全に予想外の言葉に驚く。


「俺が教えたからお前は剣の腕前ならそこそこいいレベルに仕上がっている。そこらの低級モンスターなら大丈夫なはずだ」


 父親の言葉は事実で、ハーブ収集の際、襲ってくるゴブリンと数度戦ったが、問題なく倒すことはできた。


「だけど、ただの冒険者ではいずれ限界がくるし、何より先の保証がねえ」


 冒険者稼業は仕事があればよい方だが、時期によってはまったく仕事がないこともある。特に辺境ではその波が激しいと言われている。


「一年間猶予をやる。王都に行って『国家冒険者』の資格を得ること、それが出来れば冒険者を続けることを認める。できなければ家に戻れ」


 それが、父親にできる最大の譲歩なのだろう。考えて見れば父親も母親も一度俺が死に掛けた姿を見ている。本来なら冒険者になることを認めたくもないはずなんだ。


「わかった、その条件でやってみるよ」


 数多くいる冒険者の中でもほんの一握りしか成ることができない『国家冒険者』。それに到達して見せることを俺はこの場で誓うのだった。



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