第35話 浄化の炎で身を清める
食事を終え、後は休むだけとなったのだが、俺は周囲の様子が気になってしまった。
ゾンビの腐臭が移った冒険者や、レイスの攻撃を浴び瘴気を纏う生徒。
臭いが漂ってくるので、このような状況ではまともに眠ることもできないだろう。
「あの、ちょっといいですかね?」
「うん、クラウス君どうしたのかね?」
俺は、見張りの人間に断りを入れると、この場の責任者である試験官とアカデミーの教師代表を訪ねた。
「この臭いをどうにかしたいと思うんですが……」
他にもこの臭いに辟易している者は多い。特にアカデミーの女子生徒などはとても辛そうな表情を浮かべている。
「まあ、これも毎年のことだからね」
教師は口元に手を当て苦笑いをする。
「結界はこれ以上広げることができないし、どうしてというのならテント内で身体を拭くくらいはしても構わないが」
試験官はそう言うと周囲を見回した。
結界の外で身を清めるのはモンスターが襲ってきて危険だし、かといって風呂やシャワーなどのスペースを用意することもできない。
そう考えると、確かに他に方法などないと思う。だが……。
「俺は【浄化の炎】というスキルを使うことができます。これは汚れを落とすことができるスキルで、場所も時間もそれほど必要がありません」
俺はフェニックスが持つ力の一部を使うことができるのだ。この能力なら、この場の腐臭と瘴気を浄化し、身体を綺麗にすることも可能だ。
「それは……君はあくまで護衛が任務。使ったうえで明日は戦えないということになったりはしないのかね?」
俺が説明すると、試験官は懸念事項を確認してくる。
「大丈夫です。そこまで疲れるようなスキルでもありませんし、何より護衛対象がこの臭いの中で眠れず、睡眠不足で不覚をとる方が危険ですから」
ちゃんとした睡眠をとらなければ魔力も回復せず、ぼーっとした頭で誤った判断をしてしまうこともあるだろう。
「君を疑うわけではないが、そのスキルの安全性がわからない。特殊なスキルなのだろう?」
これまで、フェニックスを従魔にした者がおらず、このスキルのことも知らないに違いない。
「まず、俺が自分に使って見せます。それで問題なければ試験官さんに、次に教師さんに使うということでどうでしょうか?」
「それなら、まあ……」
説明を繰り返すよりはまず、見せて、体験させることが早いと考え、俺は自分に【浄化の炎】を使った。
「うおっ!」
「これは……炎なのに熱くない」
俺の全身を橙の炎が包み込み、その日の汚れと臭いが湯気となって蒸発し消えていく。
やがて【浄化の炎】の効果が消えると、俺は全身が綺麗になり、長時間風呂に入った後の様に肌が艶々していた。
「どうですか?」
俺は彼に確認をする。
「確かに、この異臭を放つ場において、君からは良い匂いが漂ってきている」
教師は驚いた表情を浮かべると、興味深そうに眼鏡を右手で弄った。
「それじゃあ、次は試験官さんですね?」
俺が確認すると、彼は立ち上がり、物が置かれていない場所へと移動した。
広場に出たことで、周囲の冒険者やアカデミーの生徒が注目してくる。
「武器や鎧を身に着けたままでもいいのか?」
万が一の襲撃に備えて、冒険者は武装を外せないことになっている。
「平気ですよ。浄化の炎はあらゆる隙間から入っていって、汚れの一つも逃しませんから」
部屋の掃除にも使っているが、使い終わった後は棚の後ろに塵一つ残っていなかった。
「では……やってみてくれ」
試験官さんは覚悟を決めると促してきた。俺は右手を前に出すと、浄化の炎で彼の全身を包む。
「きゃあああああああっ!」
試験官さんが橙の炎に包まれたことで悲鳴が上がった。
「い、一体何を!?」
「火……急いで消さないと!?」
慌てた声が聞こえる中、試験官さんは自分の身体を見て驚きの表情を浮かべる。
「これは……ぬるま湯に全身を浸からせているような……何と気持ちよい」
俺が浄化の炎を使っている間に、教師がその場の人たちに説明をしていた。
やがて、完璧に汚れを落とし終えると……。
「ふむ」
試験官さんは腰に差していた剣を抜いて見せた。
「本当に素晴らしいスキルだな、この後手入れをしなければならないと思っていた剣まで綺麗になっている。まるで新品の様だぞ」
剣身が光沢を帯び輝いていた。
「大丈夫なのですか?」
アカデミーの教師さんが試験官さんにおそるおそる訪ねると、
「自分の身で体験してみるとよろしい。汚れが落ちとても気分が良いですよ」
教師さんが「私にもお願いします」というので浄化の炎で綺麗にしてあげる。
いつの間にか、この調査に赴いていた全員がこちらに注目しており、
「皆、集まってくれ。このクラウス君が持つスキルは全身の汚れを落としてくれる。彼はこのスキルを皆に使っても良いと言ってくれているんだ」
試験官さんの良く透る声が周囲に響き渡る。
「あ……熱くはないのですか?」
生徒の一人がそう確認した。
「ぬるま湯にずっと浸かっているよう温度だ。正直、炎をずっと浴びていたい気分だったよ」
冗談めかした試験官の言葉に、周囲の人間はお互いの顔を見合わせた。
「無理にとは言いません、もし、汚れが気になる、瘴気が気になる、眠れないという人は今からここに【浄化の炎】を出しますので、潜り抜けてみてください」
いくら教師さんや試験官さんが保障したとはいっても、いきなり炎に包み込まれるのは怖いだろう。
地面に設置し、徐々に近付いて熱くないことを知ってもらった方が良いと考えた。
橙の火柱が立ち昇るのだが、誰もが息を呑み動こうとしない。そんな中、ブレイズさんが炎の前に立った。
「俺は行くぜ!」
決意して炎に飛び込むブレイズさん。
「何だこれ!? 疲れた身体に染みわたる……極上のマッサージを受けている気分だ」
「わ、私も入りたい!」
「お、俺だって!!」
一人が入ったことで、次々と後ろに人が並び、あっという間に行列ができてしまった。
俺が浄化の炎の範囲を広げてやると、順番に炎へと飛び込んでいく。
「ああ、もうこの中で一生過ごしたい」
「こんな気持ちよさ知ってしまったら、屋敷のお風呂で満足できなくなる」
「いいですわ、このスキル。是非、我が家の専属になって欲しいです」
おおむね好評のようで、数分もすると全員が浄化の炎を浴び、身ぎれいになっていた。
「優秀とは聞いていたが、まさかここまで快適な環境を提供してくれるとは思わなかったぞ」
試験官さんが笑みを浮かべ俺に話し掛けてきた。
「護衛対象になるべく不満を与えないのが大切ですからね」
周囲からは異臭も瘴気も消えている。この分なら皆ぐっすりと眠ることができるだろう。
俺が満足げに周囲を観察していると……。
「しかし、どうかな?」
試験官さんはアゴに手を当てると神妙な態度をとった。
「何か、問題がありましたか?」
俺は自分に不備があったのかと思い、首を傾げる。
「このようなスキルを味わってしまえば、今後、これがないと不満を口にするようになるかもしれない」
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