第53話 プチゴーレムの生態
★
「えっ? 兄さんは、テイマーギルドに泊まるんですか?」
「はい、そのように伝えるように言われております」
伝令の人間の言葉に、セリアは一瞬困惑するが直ぐに表情を取り繕う。
「わかりました、わざわざありがとうございます」
お礼を言い、屋敷に戻ると、
『ピィ?』
『…………?』
フェニとパープルが一斉にセリアを見る。御主人であるクラウスが戻ってくるのを心待ちにしている様子だ。
「兄さんは数日戻ってこられないみたいですよ」
『ピィ~』
『…………$』
セリアの言葉に反応を見せる二匹だが、従魔と繋がっていないセリアには何を感じているのかまでは伝わらなかった。
「そうだ、パープルちゃん。ブラッシングしましょうか?」
『…………♪』
せめて慰めようと考えたセリアはパープルが好むブラッシングを提案する。
パープルはパタパタと飛ぶと座って準備をするセリアの膝の上に降りる。
セリアは専用のブラシを手に取ると、ゆっくりとパープルの羽根を擦り始めた。
『…………♪♪♪』
セリアがブラシを動かすたび、パープルの羽根が小刻みに震え、触角がぴくぴくと動く。
鱗粉が零れ落ち、あらかじめ敷いているシートに落ちる。
レインボーバタフライの鱗粉は代謝により入れ替わるらしく、老廃物を落とすこのブラッシングが最近のパープルの娯楽の一つだった。
「それにしても、兄さんは次から次に何かしでかしますね……」
パープルにブラシを当てながら、セリアは溜息を吐く。
思えば実家で暮らしていた時も、突飛な行動をとることがあったような気がする。
「でも、今の兄さんの方が生き生きしていていいのかもしれません」
一時期は雷に打たれ、その後高熱を発して瀕死になっていたクラウスだが、復活してからの躍進には目を見張るものがある。
まさか、半年も経たず、最難関と呼ばれる国家冒険者にまでなり、三匹の従魔を手に入れ、さらには国の重鎮からも注目されつつあるのだから。
セリアはそんな兄の活躍を寂しいと感じるが、応援したい気持ちもあった。
『ピィ?』
『…………$』
手が止まったセリアを見て、フェニとパープルが何かを訴えかけてくる。
実家を離れて王都にきて、目まぐるしいく生活をしてきたセリアだが、兄がいないにもかかわらずこの屋敷で過ごす時間は心地が良い。
「……私も、ここに住みたいなぁ」
目まぐるしい躍進を遂げていく兄の姿を間近で見守りたい。
セリアはそのことを思い浮かべながらポツリと呟くのだった……。
★
俺たちはテイマーギルドの敷地内に入ると奥へと向かう。
「こちらが、鉱山系のモンスターを預かる施設になりますね。今は【ロックリザード】と【サンドマウス】を預かっています」
中に入ると、天井が覆われている巨大な施設だった。
そこら中に岩が転がっており、高い石の壁も存在している。
ロックがいた鉱山程ではないが、少なくとも近しい環境には違いない。
『…………(喜)』
ロックからも安心したような感情が伝わってくる。
「こちらに研究施設がありますので、数日の間観察させていただきますね」
「よろしくおねがいします」
俺は係員さんに改めて頭を下げた。
研究施設に入ると特にやることがなくなってしまった。
モンスターの生態の研究と言われても俺には生物の取り扱いがわからない。
先程から研究員が動き回るのを見ているしかなかった。
その中には係員さんもおり、彼女は何やら他の人間に指示を出している。
もしかすると俺が思っているよりも立場が上の人間なのではなかろうか?
視線を外しテーブルを見ると、ロックがテーブルの上をとことこと歩き回っていた。
手には相変わらずスカーレットダイヤの原石を持っており、よほど気に入っている様子。
その行動が可愛らしいのでいつまで見ていても飽きず、俺はしばらくの間ロックを観察していると……。
「なんだか可愛いですね」
気が付けば係員さんが近くに来ていた。
手にはトレイを持っており、ティーポットからは湯気が上がっている。
立ち止まって首をこちらに向けているロックを見た係員さんはクスリと笑うと……。
「こちらの言ってることを理解しているんですね」
「ええ、どうやらそのようです」
声を掛けると反応がある。言葉まで理解しているとは思わないがそこに意思があることは、従魔契約を通して俺に伝わってくる。
彼女は俺の横に座るとティーカップにお茶を注ぐ。
「どうぞ」
紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐった。
「ありがとうございます」
紅茶を受け取り口に含むと、ほのかな甘みとスッキリした味わいが舌を通り抜けた。
「ゴーレムの中でも上位存在【ミスリルゴーレム】はミスリル鉱山に生息しているモンスターなんですけど、一説にはミスリル鉱石を食べて成長したというのがあります」
彼女は紅茶を飲む間もロックから視線を外さずにいる。
「そうすると、ロックは成長したら【スカーレットダイヤゴーレム】になるんでしょうか?」
もしその説が正しければ、ロックがスカーレットダイヤの原石を持っているのは食べるためということになる。
現在のミニマムサイズからは想像もできないが、いずれロックも俺が鉱山で遭遇したゴーレムのように大きくなるのだろうか?
「その可能性はあるかと思います」
続いて彼女は言う。
「モンスターの生態についてはまだまだわからないことだらけですからね、ロックちゃんの今後については一緒に調べていきましょう」
そのためのテイマーギルドなのだと彼女は言った。
「それにしても、クラウスさんが連れてくる従魔はどれも珍しいので携わるのが楽しいです」
『…………(眠)』
スカーレットダイヤの原石を抱き抱え頭をフラフラと揺らし始めたロックを、係員さんは優しい目で見た。
「本当にたまたまなんですけどね……。何故かついてきてしまったというか……」
ロックと遭遇した時、女神ミューズに似た声が聞こえたのだ。
あれがなければロックが従魔になることはなかった。
(思えばフェニやパープルが従魔になる時にも聞こえた。他のテイマーはそんなことがないのだろうか?)
だとするとこの力は女神ミューズによって与えられたものなのかもしれない。迂闊に人に話さないほうがよいだろう。
『…………(起)』
そんなことを考えていると、ロックが目を覚まし再び行動を開始していた。
ロックはティーカップに興味を持つと持ち上げようとする。
ところが、腕幅が足りないのか掴んで持ち上げることができなかった。
『…………(滝汗)』
「こら、悪戯をしたら駄目だろ」
それなりに高価な食器なので壊してしまうと後が気まずい。
「もしかすると、お腹がすいているのかもしれませんね?」
係員さんは、ふと何かを思いついたかのように席を離れると、木の皿を持って戻ってきた。
「ロックちゃんにはこっちを」
底の深い皿になにやら金属が混じった砂が盛りつけられていた。
「これは?」
「インゴットを精製する際にでた鉱石のあまりです。もしかすると、その原石がでかくて食べられなくて困ってるんじゃないかと思ったもので」
ロックはコップに腕を伸ばすのを止めると、
『…………(喜)』
嬉しそうに深皿に向かい砂に倒れ込んだ。
うつぶせになり、パタパタと手足を動かすロック。砂浴びをしているようでとても楽しそうだ。
ロックが激しく動くのでテーブルに砂が飛び散る。
「すみません、あとで片付けますんで」
流石に申し訳いので俺がそう告げるのだが……。
「クラウスさん、ロックちゃんの様子変じゃないですか?」
「えっ?」
言われてロックの状態を確認すると、飛び散っているのは砂ばかりでそこに紛れている金属が見当たらない。
ロックの身体の表面には金属が付着しており色が変わっていた。
「もしかしてこれって……」
「食事をしている?」
俺と係員さんは同時にそう結論付けると……。
「このスカーレットダイヤの原石なんですけど」
「砕いてみましょうか?」
俺と彼女は思いついたことを実行するのだった。
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