第56話 フェニとひよこ

『『『『『『『『『『ぴよぴよぴよぴよぴよ』』』』』』』』』』


 目の前には十匹のひよこがいる。黄色い毛玉をしている耳心地の良い鳴き声がオーケストラを奏で、いつまでも聴いていて飽きることがない。


 俺の『孵化』スキルによって新しく生まれたひよこたちだ。


「それにしても、変だと思ったら、兄さんもスキルを得ていたんですね」


 その様子を見ていたセリアが不満げに俺に話し掛けてきた。


「ああ、あの雷(実際は女神の力を秘めた光)に打たれて高熱で死にかけて復活したらできるようになってたんだ。でも、いまいち効果がわからないスキルだったから言いそびれてたんだよ」


 俺は不満そうな彼女に言い訳をする。実際、検証した当時は鶏の卵一個孵化させるだけでも疲労しきっていたので使えるスキルだと思っていなかった。


「でも、これでその内、毎日新鮮な卵が手に入るようになりますね」


 今回、セリアにスキルを明かしたのは信頼しているからというのもあるのだが、実利的な面があったからだ。


 屋敷の庭は広いので鶏小屋も余裕で設置できる。卵を孵化させて鶏を飼えば毎日新鮮な卵が手に入ると考えた。


「小屋の準備ができたのでひよこを移してもらえませんか、兄さん?」


「わかった。ほら、お前たちこっちだぞ」


『『『『『『『『『『ぴよ?』』』』』』』』』』


 俺が手を伸ばすと一斉に逃げ出すひよこたち。フェニやパープルは孵化させた瞬間から懐いてくれたというのに……。


『ピィピィ!』


 そんなひよこにフェニは何か言葉を投げかける。何と言っているのかわからないが、指導しているように見える。


『『『『『『『『『『ぴよぴ?』』』』』』』』』』


 ひよこは顔を上げるとフェニを見た。


『ピピピィ!?』


 ひよこが一斉にフェニに群がった。


「もしかして、親だと思ってるんでしょうか?」


 足元に集まり、中にはフェニの身体をよじ登り始めるひよこもいる。


『ピエピエ!』


 そんなひよこを振り払うと、フェニは距離を取った。


『『『『『『『『『『ぴよぴよぴよぴよぴよ』』』』』』』』』』


 ひよこたちは尻尾を向けるフェニを追いかけていく。


「か、可愛いですね……」


 空を飛ぶことすら忘れて必死に逃げるフェニと、列を作って追いかけるひよこ。


 この世界にこんな癒される光景があるのだろうかという程に見ていて飽きない。


「ああ、そうか……」


 いつまでも見ていたい光景なのだが、今日は他に用事もある。


「フェニ、こっちにこい」


『ピピィ!』


 俺が呼ぶとフェニはそのまま鶏小屋へと入っていく。そのあとにひよこが続く。ぴょんぴょんと器用に段差を飛び越えて……。


 ――ガチャン――


『ピィ?』


 ひよこと一緒に中に閉じ込められ首を傾げるフェニ。


「せっかくフェニちゃんに懐いてるみたいだから、面倒みてあげてね?」


「頼んだぞ、フェニ」


 セリアと俺が声を掛けるとフェニは泣きそうな表情を浮かべた。


『ピエエーン! ピエエエーン!』


「少し、可哀想でしたかね?」


「フェニはあれで面倒見がいいから大丈夫」


 必死にフェニにまとわりつくひよこも寂しいに違いないので引き離すのは可哀想だ。


 俺はフェニの鳴き声を聞きながら、そうセリアに言い聞かせるのだった。

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