第60話 親の想い
「さて、少し真面目な話をしようか」
セリアが作ってくれた料理を全員で食べ、久々の一家団欒をしていると、徐々に父親の言葉が少なくなり、それを察した俺たちが話すのをやめるとそう切り出してきた。
「それって、俺たちの今後についての話だよな?」
手紙にも書いてあった内容なので、自然と俺とセリアの表情に緊張が浮かぶ。
「まずはセリア。お前の近況については手紙で読んで知っている。学年主席だそうじゃないか。俺たちも、亡きお前の両親もお前を誇りに思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
口元に手を当て震えるセリアの頭を俺は優しく撫でた。
両親はそんな俺たちをじっと見守ると、セリアが落ち着くのを待つ。
少しして「兄さん、もう大丈夫ですから」と言われて頭から手をどけると父親が続きの言葉を口にした。
「クラウス。国家冒険者資格取得おめでとう。国で最難関と呼ばれる試験にたった数ヶ月で合格するとは思っていなかった。お前は俺が想像できないくらい凄い成長をしていたんだな」
「俺だけの力じゃない。試験期間中、フェニやパープル……それに、セリアにも助けてもらったから」
収集依頼や護衛依頼、最終試験だってフェニやパープルを従魔にして覚えたスキルで切り抜けた。
セリアだって俺が試験に専念できるように身の回りの世話をしてくれたのだ。
どれかひとつでも欠けていたら試験に合格することはできなかっただろう。
「だけどね、クラウス。皆が力を貸してくれるのはあなたにそうさせたいと思わせる何かがあるからなのよ」
母親はいつも俺に見せる優しい目を向けてきた。
『ピィ~』
『…………$』
『…………(謎)』
三匹と目が合う。ロックはまだよくわかっていないようだが、フェニとパープルからは肯定の意思が伝わってきた。
「俺は最初、お前に冒険者を諦めてもらうつもりで条件を出したんだ」
「そうじゃないかとは思っていたよ」
試験の難易度、受験するための前提条件、合格する人間の少なさ。いずれにしても冒険者に憧れで田舎から出てきた人間が一年で受かる内容ではない。
「だが、お前はそんな俺の無理難題を跳ねのけて合格した。手紙で話を聞いた時は驚いて椅子から転げ落ちてしまったぞ」
「それは、少し見てみたかったですね」
セリアが軽口を挟み場を少し和らげる。
「俺自身、過去に冒険者をやっていたから苦労も危険性も理解していた。だからどうしても止めたかったが、お前には俺にない才能がある。合格したからには好きにやってみるといい」
「それが、父さんが直接言いたかったこと?」
蓋を開けてみれば、俺への褒め言葉ばかりで、予想外の対応に戸惑う。
「いいえ、クラウス。ちゃんと本題があるのよ」
母親は滅多に見せない厳しい表情を浮かべる。
父親は荷物を手に取ると袋をテーブルに乗せた。
『ドシャ』と音がする。金属のこすれ合う音にロックが反応してソワソワし始めた。
セリアは首を傾げており、袋の中身の見当がつかないようだが、俺には心当たりがあった。
「これは、クラウスが俺たちに送ってきた金だ」
テイマーギルドでの売り上げや依頼で得た金の一部を、俺は実家へと送っていた。
「クラウス。これは受け取れないから返すわよ」
「どうして?」
てっきり両親が喜んで受け取ってくれると思っていた俺は、返された金を見て聞き返してしまう。
「受け取る理由がないからだ」
父親は眉根を寄せると厳しい表情を浮かべ俺を見た。
「これまで世話になってきたから、恩返しがしたいというのは駄目なのか?」
両親への感謝の気持ちを示したい。俺は食い下がるのだが、
「何と言われても子どもから金は受け取れない」
父親は頑として金を受け取ろうとせず、母親を見ても首を横に振るだけだった。
「……セリア」
こうなったら、彼女から説得してもらおうと考えるのだが、
「ここはお父さんとお母さんの気持ちを尊重しましょう、兄さん」
逆に俺を説得してきた。
「クラウス、あなたが私たちのことを思ってお金を送ってくれたことはわかっています。お父さんも私も気持ちは嬉しいのですよ」
母親が瞳を揺らし語り掛けてきた。
「だけど、私たちは自分で稼いだお金で生活していきたいの」
「まだ現役だというのに、子どもの世話になりたくないぞ」
両親の瞳には確固たる意志があった。
「だけど……だったら、俺はどうすれば恩返しができるんだよ!」
俺が瀕死の時、家族は誰一人躊躇うことなく高価な薬を購入して俺に使ってくれたのだ。
俺が冒険者を目指したのは、両親やセリアを楽させたい一心からだった。
ようやく念願の国家冒険者になって、これから楽をさせてあげられると思っていたのに……。
しばらくして、両親は俺の肩に優しく触れてくれた。
「クラウス。あなたが生まれてからこれまで、私たちはずっと幸せでしたよ」
「ああ、お前やセリアがいるから生活に張りが出たし、お前たちと過ごした日々は何よりも充実していた」
両親は真剣な言葉でそう告げてきた。
「勿論、私も同じ気持ちですよ、兄さん。お父さんとお母さんと兄さんと過ごせた時間はかけがえのないものですから」
セリアまでが幸せそうな顔をして俺を見ている。
「そんなのは……俺だってそうだ」
しばらくして、両親とセリアの気持ちを理解した俺は溜息を吐くと、
「わかったよ」
皆の気持ちを尊重することにした。
先程までの重苦しい空気が消え、全員に笑顔が浮かんだ。
「そうそう、本当はもう一つ釘を刺しておこうと思ってたんだよ」
「……まだあるの?」
先程、両親に言い負かされた俺は、これ以上の小言は勘弁してほしいと降参の意思表示をする。
「冒険者を引退するまでは街に戻ってくるなと言うつもりだったんだが、これだけの屋敷を買ったということは大丈夫そうだな」
「あなたは変に気を使う子だから、資格を取ったら戻ってくるんじゃないかと思ったのよ」
「それはまあ、考えなくもなかったけど、仕事で迷惑を掛けることになるから……」
既にフェニックスの羽根やレインボーバタフライの鱗粉が流通に乗っているので自分一人の判断で田舎に引っ込むわけにもいかない。
俺が責任についてそう答えると、父親は満足そうにうなずいた。
「しかし、せっかく広い屋敷を買ったのにセリアは寮で暮らしているのか?」
「そうよ、一緒に住めばいいのに」
セリアと一緒に暮らすことについては考えなくはなかったのだが……。
「と、言ってますけど、どうしましょうか、兄さん?」
セリアは何かを期待するような瞳を俺に向けてくる。
「寮で暮らした方が学校までの距離も近いし、学業に専念できるんじゃないのか?」
俺としてはセリアがいてくれた方が助かるのだが、それを理由に引っ越させるつもりはない。
「私は……兄さんと暮らせるならそっちの方がいいです。学校にもここから通いたいです」
彼女は自分の意思を告げると瞳を潤ませ俺を見る。そこまで望んでいるのなら断る必要もなかった。
「なら一緒に住もう」
「あ、ありがととうございます! 兄さん!」
俺がそう言うと、セリアは嬉しそうに抱き着いてきた。
「お、おい、セリア。二人の前なんだぞ」
腕に力を入れるセリアに俺は離れるように言うのだが、感極まった彼女は言うことを聞いてくれない。
「いいな、セリア。お兄ちゃんに甘えられて」
「まだまだ子供なのよね」
二人も咎めるつもりはないようで、俺は溜息を吐くと諦めることにする。
「そう言えば、父さんと母さん」
俺はセリアの頭を撫でながら両親に話し掛けた。
「ん、なんだ。クラウス?」
「何かしら、クラウス?」
「二人も、この屋敷に住むのはありか?」
先程仕送りを断られたとはいえ、王都で家族全員で暮らすという案は残っている。部屋もたくさんあるし、人手が欲しいからだ。
「うーん、街では父さんを頼りにしている人も多いしな」
「私も、近所付き合いがあるから。王都は華やかな場所だけど、ずっと滞在するにはちょっとね」
「そっか……」
駄目もとで聞いてみたが良い返事がもらえず声のトーンを落とす。
「そんな顔するなって、これからはたまに会いにくるからな」
「そうね、クラウスとセリアがどれだけ成長したのか確認しにこなきゃね」
二人は俺とセリアが今後どのように成長していくのかを楽しそうに話す。
その言葉には、俺たちに対する期待が現れていたが、俺もセリアも両親に恥じないようにと心掛ける。
突然来た両親は、数日屋敷に滞在し、俺とセリアを王都の観光に引っ張りまわすと満足して実家へと帰っていく。
俺やセリアだけではなく、フェニやパープルにロックも相手をして疲れた様子を見せているのだが……。
「またきてくださるのが楽しみですね、兄さん」
セリアの言葉に、俺は苦笑いを浮かべながら頷くのだった。
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