第86話 コカトリスの肉

「ん、大分良い運動になった」


 周囲にコカトリスの死体が転がっている。


 キャロルは満足そうに短剣をしまうと、伸びをしていた。


「それにしても、飛び抜けて凄いな」


 あれだけ動き回ったというのに息一つ切らしていないキャロルを驚愕の目で見ている。


「確かに、あの素早さはとんでもないですよね」


 目で追うのがやっとだった。キャロルの俊敏な動きに称賛しか浮かばない。


「いや、クラウス。あんたもね」


 ハンナさんの言葉に俺は首を傾げる。


「キャロルの動きについていってコカトリスをその剣で屠っていたでしょ?」


 確かについて行ってはいたが、彼女の半分も倒せていない。


「普通Bランクモンスターともなると攻撃を通すだけでも苦労するってのに……」


 二人の様子に得心を得た。


「ああ、これは拾いものなんです」


 火山洞窟でフェニが拾ってきたのだが、流石はSランクアイテム。これまでこの剣で斬り裂けなかったものはない。


「皆、爪を回収してくれ!」


 パリスさんの指示により爪を回収する。俺の剣でコカトリスの爪を落としていき、他の人間が爪を拾う形だ。


 あらかたの爪を回収し終えたところで結構遅い時間になっていた。今日はここに滞在することになりそうなのだが……。


「パリス、コカトリスの他の部分ってどうするの?」


 キャロルがリーダーに確認をする。


「うーん、本来なら食べたいところだが、コカトリスの血には石化毒がある。それを抜くには時間が掛かるからな……」


 コカトリスの肉は高級品として人気があるのだが、毒を抜くためには塩水を取り替えながら数週間掛かる。馬車で移動しながらできるはずもなく、パリスさんはアゴに手を当てるとそう呟いた。


「クラウスなら、毒抜きできるよね?」


 ところが、キャロルは期待に満ちた目で俺を見てきた。


「本当か?」


「ええ、大丈夫です。以前ポイズントードの肉を毒抜きしました」


 浄化の炎を使えば問題ないことは検証済みだ。


「それやってくれるか? もしここで食えるなら食料を確保できるから助かるんだが……」


「ええ、そこまで労力がかかるようなものでもないので大丈夫ですよ」


 どちらにせよ、剣に付いた血を浄化するつもりだったので、手間は変わらない。


「クラウス、早く」


 肉をブロックで持ってきたキャロルがせかしてくる。俺は苦笑いを浮かべながら浄化の炎を出した。


「凄い勢いだが、そのまま燃えたりしないのか?」


「ええ、毒などの不浄や身体の汚れを浄化する炎ですから」


 自分の手を突っ込んで見せる。


「「「おおおおおっ!」」」


 周囲から驚き声が聞こえる。何度実演しても、初見の人は度肝を抜かされるようだ。


 赤と黄色の煙が上がり浄化が完了する。後には桃色の艶やかな肉が残されていた。


「浄化したのでこれで食べられるはずです」


「クラウスがこのスキルを使った肉は美味なので楽しみ」


 キャロルが耳と尻尾をパタパタと動かしている。


「それじゃあ、焼いていきましょうよ」


 ハンナさんがブロックに切り分け、リッツさんが串に差して焼き始めた。


 しばらくすると肉の脂が滴り火に落ち煙が上がる。美味しそうな匂が周囲に漂うと誰かの腹の音が聞こえた。


「もう我慢できない!」


 まだ半分焼けていないと思われるが、キャロルは串を一本取ると肉を頬張った。


「ハフッハフッングッ!」


 表面が熱いからか口の中で転がしてよく噛んで飲み込む。周囲の人間はそんなキャロルの食べる姿に注目していた。


「うっまっ!」


 目に星を散りばめたキャロルはそう叫んだ。


「本当に⁉︎」


「石化の兆候はないのか?」


 周囲の冒険者が疑いながらもキャロルの容態を見るが特に変化はない。


 少しして、他の肉が焼き上がり食べごろになると、我慢できず手を伸ばす者が出てきた。


「本当だ! 柔らかくて噛めば噛む程に豊かな味が口いっぱいに広がる!」


「俺はコカトリスの肉を食べたことがあるんだが、血の処理が完璧で臭味も雑味もない。以前食べたコカトリスの肉を完全に超えている!」


 食べた者が絶賛するたび、我慢していた人間が一人また一人と串を手に取る。やがて、全員が殺到するようになると、網の上からあっという間に肉がなくなった。


 美味しいものなど食べ慣れているはず国家冒険者が夢中でコカトリスの肉を食べている。


「確かに美味すぎるよな」


 これまで食べた中でも最上級の味わいに正直な感想を言う俺だが……。


「この先、コカトリスが生態系から絶滅しなければいいんだが……」


 これで味を占めた国家冒険者がコカトリスを全滅させてしまわないだろうかと、この時の俺は懸念するのだった。

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