第29話 接触してくる者たち

 パーティーが始まってから数時間が経過した。


 最初は中央のテーブルで談笑していた参加者も、今では席に腰を落ち着け、親しい者同士で歓談を楽しんでいる。


 途中、セリアの姿を何度か見たが、同じ学校の生徒なのか豪華なドレスに身を包んだ少女らと会話をしていた。


 パーティー会場の空気も緩み、警備の人間の中には他に気を取られている人間も出始めた。


 俺はというと、確かに目の前に上流階級の人間が沢山いるのだが、警備員という立場上誰かに声を掛けるわけにもいかず、一体どうすれば推薦をしてもらえるか考えていた。


(こっちから声を掛けるのは論外、警備員としての職務をまっとうしないといけないし、変な行動を取ってセリアに迷惑を掛けるわけにはいかないからな)


 できるだけ、こちらの名前を憶えてもらえるようなきっかけを掴み、後日正式に会う約束を取り付けてじっくり話をするべきだろう。


 そんなことを考えていると……。


「失礼、もしやあなたはクラウスという名前ではありませんかな?」


「はい、その通りですけど?」


 話しかけてきた人物を見る。俺の父親より少し年をとった、40代になったばかりの男性だ。

 これまで彼と会った記憶がないのだが、まるで親しい友人に話し掛けるかのように笑顔を向けてくる。


「いやはや、姿を見かけた時はまさかとは思ったのですが、勇気を出して声を掛けて良かった。私はロイド、この国の男爵をしております」


 そう言って右手を胸の前にだし、優雅な礼をしてみせる。

 すると、視界の端で何かが動いた。数人の参加者が早足で駆け寄ってくる。


「私はドルトン、商会を経営しております」


「私はマンフリー」


「私は……」


 彼らは俺に詰め寄ると一斉に名乗り始めた。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてください!」


 何が何やらわからず、俺は大声を上げ彼らを制した。


「えっと、御高名な皆さんに話し掛けていただき恐縮なのですが、俺――私は現在警備の仕事をしている最中でして……」


 状況が把握できずにいる俺は、仕事中だということアピールして距離を取った。


「それもそうでしたな。では用件だけ手短に告げましょう」


 皆を代表してロイド男爵が用件を告げる。


「我々はクラウスさんの推薦人に立候補したいと考えているのですよ」


「俺の……推薦人にですか?」


 思わぬ提案に目を丸くする。それはこちらが願っていたことだからだ。


「クラウスさんは現在、国家冒険者の資格試験に挑んでいるとか、その一助をできればと考えております」


「それは……確かにその通りなんですけど……」


 話を額面通りに受け取っていいのかがわからない。

 俺が悩んでいると……。


「そこまでにしておくのだな」


 声がしてその場の全員が固まった。


 現れたのは俺の父親と同い年程だろうか、鍛え上げられた肉体に自信に満ちた態度、その場にいるだけで他の存在が霞むようなカリスマ性を持った男だった。


「こ、これは……マルグリッド様」


 マルグリッドと呼ばれた男性が俺に近付いてくると、周囲にいた人たちは避けて道を譲る。


「ここは若人のパーティー会場。大人が警備員相手に政治の話をするような場所ではない」


 彼の一声で、俺の周囲に集まった人々はバツが悪そうな顔をして散っていく。


 勢いに圧されそうになっていた俺は、周囲からの圧がなくなるとホッと息を吐いた。


「しかし、君はこの王都に来てからというもの、目立つ行動を取りすぎているな、クラウス君」


 煙草に火をつけ吸うと息を吐く。その仕草がどうにも格好良く映る。


「俺のことを……知っているんですか?」


 先程から現れる大人たちはどうも俺のことを認識しているようなので、そろそろ理由を知りたいと思った。


「田舎の街出身で、国家冒険者になるため王都に滞在、フェニックスとレインボーバタフライをテイムして、超希少レアアイテムを二種類も保有している」


 レインボーバタフライの件は先日の話なので、随分耳が早いものだと驚く。


「上流階級のネットワークを甘く見ないことだ。フェニックスの時は後れを取ったが、誰しも有益な情報の収集をおこなっている。派手に動けばそれだけ目を付けられて当然だろう?」


 派手に動いた覚えはないのだが、結果としてフェニやパープルを従魔にしてしまっているので反論はできない。


「それで、俺に用があるんですよね?」


 他の人間を追い払ったにもかかわらず残っているのは、本題があるからだ。


「先程は推薦人を集めようとしていたようだが、あの連中は止めておけ」


 マルグリッドさんは灰皿にタバコを押し付け火を消すと俺を鋭い目で見た。


「どうしてですか?」


 俺は彼から目を離すことなく理由を聞く。


「いずれ君の方が立場が上になるからだ。そうなった時、今度は君が彼らの後ろ盾にならなければならなくなる」


 推薦人と被推薦人の立場が逆転した場合、これまで推薦してくれた人たちの要請を断るのは不義理になる。よって、相手側が後ろ盾を求めてきたら余程の事情が無ければ拒絶できないのだと説明をされた。


「それは知らなかったですけど、俺が彼らより上の立場になるというのはちょっと言いすぎではないですか?」


「言いすぎなものか、それだけ君がテイムしたモンスターには希少価値があるのだから」


「は、はぁ……」


 断言するような言い方に、彼に見えていて俺に見えていないものがあるのだと気付く。

 確かに心配してくれての忠告なのだろうが、そのまま受け入れるわけにはいかない。


「でも、俺は国家冒険者の資格を取得しなければならないんです」


 父親との約束がある。

 後二名推薦人を集めなければ護衛依頼をうけることができない。


「それについては私の方で手を回しておく。レブラントのみの推薦でも試験に進めるように配慮しようじゃないか」


 既にテイマーギルドのマスター、レブラントさんから推薦を貰っていることまで把握しているらしい。

 あまりにも周到な先回りに、俺は警戒心を引き起こすと目の前の男を見た。


「あの……あなたは一体?」


 何者なのか?

 それがわからなければこれ以上話を続けるつもりはない。


 俺が強い視線を向け、彼の返答を待っていると……。


「私はマルグリッド。マルグリッド・デ・リッシュ。リッシュ伯爵家の当主で、国家冒険者機構の最高責任者だ」


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