第9話 前編

 事件現場にはすでに、機動隊や銃器対策部隊といった警視庁警備部が配置されていた。


 愛車のグレイブを保安局の公用車が停まるスペースに駐車させると、上杉荘龍は先日以上に不機嫌な顔でグレイブから降りた。


「あ、隊長!」


 珍しく私服姿の涼子に声をかけられると、荘龍は少しだけ涼子に注目した。


 デニムのスカートに白のノースリーブという薄着のコーデは、身長181cmの涼子の高身長と、背丈に釣り合ったIカップのバストを強調させている。


 その姿に、先ほどまでレイとのTL展開を思い出しそうになり、たまらず荘龍は葉巻を口にした。


「お前、そんな恰好でどうした?」


「今日非番もらったんです。それで、久しぶりに拳法教室に行っていたらこんなことに」


「お前も休み潰された口か?」


「隊長もですか?」


「ああ、二連続でな」


 物凄い不機嫌な表情と声で、荘龍は吐き捨てるようにそう言った。


「ご愁傷様です」


「慰めなんかいらねえ。とりあえず、バカやった連中をご臨終させに来たんだ。今日の俺は、昨日よりも不機嫌だってことを考慮しておけよ」


 実際、不機嫌であることを荘龍は大人げないほどに隠していなかった。完全に私怨が入っているのが分かるほどに、怒りに満ちている。


 その姿に涼子は昨日以上に思わず身構えてしまうが、同時にこれから戦うグールと吸血鬼に憐れみを抱いてしまう。


 こうなった荘龍は誰にも止められなくなる。再び龍王の逆鱗に触れるバカがいたのかと思うと、呆れよりも憐れみしか感じなくなってしまうのだ。


 二人は警官たちに身分証を見せ、保安局メンバーがいる場所を尋ねると、倉庫街へと入っていく。倉庫街の外苑に特捜室の公用車が停まっており、そこに圭祐たちがボーっとしながらライトアップされた倉庫を眺めていた。


「待ってたぞ」


「てめえ、ボケってしてないでさっさと暴れてこいよ」


 圭祐の胸倉を掴み、荘龍が怒りをぶつけると圭佑は掴んだ右腕に電流を流す。


「痛!」


「暴れてどうにかなる状況か?」


 圭佑は顎を突き出しながら、そう言った。その先には混乱状態になり、支離滅裂となっている霊安室の姿があった。


「この状況でいきなり突入してみろ。訳が分からんことになるぞ」


「この現場仕切ってる奴見つけて俺たちに仕切らせればいいだろ」


 荘龍の提案に圭佑はあきれ顔で両手を上げてみせた。


「その指揮官だが、そいつが吸血鬼になっちまったんだよ」


「は?」


「ボスの皇に詰められたみたいでな。命を惜しむな、名を惜しめと指揮官陣頭で突撃かましてな。あっさり吸血鬼になっちまった」


「ちなみに指揮官っていうのは?」


「参事官の八並」


「あのチンカス野郎!」


 皇征士郎の忠臣と言ってもよいが、実際は忠実なペットと言ってもいいほどに、忠義心以外は役に立たない男である。


 草津から呼び戻された時、暴れる荘龍一人すら静止できないほどの力しかなく、超常系能力者としてもせいぜいチンケな式神を作れる程度の代物だ。


「奴らも式神とか総動員したんだがな、全く無意味で蹂躙された。突入班三十名のうち半分が死亡して、残りは全員がグールと吸血鬼だ」


「アホ過ぎる。対魔族用の特殊弾頭ぐらいは用意しておけよな」


「んなもんあったら苦戦もしないだろ。で、全員揃ったから、昨日と同じ手順で……」


 圭佑がそう言いかけたところで、吠えるようなエキゾーストノートが鳴り響く。気づけば一台のバイクが、すさまじい勢いでこちらに向かってくる姿が見えた。


「この音ってヴァーハナのクレイモアですね?」


「あ、なんか凄い嫌な予感してきた」


 モータースポーツ好きな宗護はエキゾーストノートだけで車種を特定したが、その弾きだした答えに冬は物凄い嫌な顔をした。


 その予感が的中するかのように、猛獣が全力疾走してくる勢いで銀色に塗装されたクレイモアは闇夜を切り裂き、全力でアーマード・デルタのメンバーたちに向かってくる。


「やばい、バカが一人増えた」


 圭佑の一言に荘龍以外の全員がその場から退避する。荘龍だけが取り残されるが、あえて荘龍は逃げずにその場に止めるも、クレイモアの勢いは止まらない。

 

 危うくひかれそうになる寸前のところでクレイモアは停車し、この鋼の悍馬を操るライダーがフルフェイスメットを外すと、銀髪のロングヘアの美女が現れた。


「こんばんわ、隊長さん」


 赤く染まったガーネットのような瞳は、闇夜の中でも光っていそうなまでに爛々と輝いている。


 六番目のアーマード・デルタ、コードネームミラージュの姿に荘龍は嫌な汗が出てきた。


「こんなスゴイことになっているのに、私をほっぽらかすなんて、隊長さんも随分と意地悪ね。私って、そんなに役立たずかしら?」


 ミラージュが誰なのかを知っているだけに、荘龍は必死で言い訳をするべく頭を回していた。


「嫌、別に、その、なんというか……」


 ミラージュとなったレイは文字通り人格が変わる。普段は感情の起伏が激しいが、優しい女性であるのに対して、ミラージュは冷静でありながら皮肉屋で小悪魔要素が入っている。


「普段は勇ましい隊長さんなのに、私のこと忘れるなんてひどいわね。結婚してから色ボケしちゃったのかしら?」


「別にそういうわけでは」


 適当に言葉を合わせようとするが、ミラージュはライダースーツの太ももに装着したホルスターから、彼女の銀髪と同じシルバーメタリックに塗装された愛銃を抜いて荘龍に突きつける。


 Mk-35ビスクドール。荘龍が使っているMk-34クリムゾンをベースに開発された、ミラージュ専用のブラスターであるが、その威力はある意味クリムゾンと同等、特定条件ではそれ以上の破壊力を秘めている。


 荘龍に突きつけた後で、ビスクドールから放たれた白銀の弾丸はいつの間にか倉庫から飛び出したグールを打ち抜いていた。


 レーザーの直撃を食らっても死なないグールだが、白銀の弾丸はたった一発の射撃でグールの息の根を止めていた。


「これでも、私は役立たずかしら?」


 首を左右に振る荘龍に、ミラージュは少しだけ残念と言いたげな顔をしながら倉庫へと向かう。


「ちょっとどこ行くの?」


「吸血鬼狩りに決まってるでしょ。皆さん、バックアップはお願いね。さあ、派手に暴れてみせましょうか」


 アームドオンの音声入力を済ませると、彼女を守る白銀のパワードスーツが全身に装着されていく。装着が完了した瞬間に、彼女はもう一丁のビスクドールと共に突入を開始した。


「あーあ、行っちゃいましたね」


「久しぶりに、怖いミラージュさん見ちゃった」


 宗護と涼子の意見に荘龍は頭を抱えたくなりながらも指示を飛ばす。


「仕方ない、あいつのバックアップしつつ、いつも通りの手順だ。冬、今のうちに倉庫周辺に結界張れ。涼子は空中での遊撃要員、なるべくミラージュの援護しろ。


 二人から了解の返答を得ると、突入要員と搦手要員を考える。


「んじゃ、搦手は俺。突入は宗護な」


「ちょっと待て! お前何楽しようとして……」


「お前、彼女追っかけなくてもいいの?」


 痛い所を突いてくる圭佑に荘龍は歯噛みする。


「まあ、確かに彼女は強いし、グールに吸血鬼もぶっ飛ばせるだろうよ。だけど、万が一っていうこともあるからな。そういう時、もっと強い奴が付いていた方がいいんじゃないか?」


「だが、俺は隊長としての責務が」


「俺も副隊長としての責務があるわけで、それに隊長が率先して戦う必要性はないだろうが。今なら喜んで、お前さんの代わりにこいつらの面倒見て、指揮を代行してやるよ」


 魅力的な提案に荘龍の心は大きく揺れ動いていた。確かに圭祐の言う通りではあるが、自分は隊長としての責務がある。負担はおちゃらけている荘龍だが、仕事に対しては手を抜かないのをモットーにしているだけでに、そのモットーに反することに対して荘龍は二の足を踏んでしまいそうになっていた。


「それに、お前も彼女と一緒の方が派手に暴れられるだろうが。それでさっさとケリ付けれれば、俺たちは早く帰れてお前も早く帰れて全員が得するんだ。悩むことなんてどこにもないだろ?」


「……分かったよ。ここは任せた」


「おう、超時空要塞か宇宙戦艦に乗ったつもりでいてもらおう。それじゃ、お達者で」


 そそくさと荘龍もミラージュとなったレイを追いかけていった。


「あの発情夫婦はくっつけておくに限るな。でないとこっちが八つ当たりくらうことになる」


「でも大丈夫なんでしょうか?」


 涼子が心配そうな顔になるが、圭祐は全く気にしてなどいなかった。


「安心しろ。あいつらの能力は吸血鬼キラーみたいなもんだ。俺や宗護よりもな。何しろ、荘龍は元素系光の能力者ミュータントで、ミラージュは元素系ミラー粒子の能力者ミュータントだ。魔族にとっては水爆の方が可愛げがある。殺される可能性よりも、殺してくる可能性の方が高すぎてギャンブルにもならねえよ」


 幼い頃から二人を知る圭祐は、二人の能力を知り尽くしている。それだけに、ある意味これは適材適所ではないかと思ったほどだ。


「さあ、俺たちも作戦開始だ。下手打つなよ」


 こうして、アーマード・デルタによる第二回吸血鬼殲滅作戦が実施されたのであった。


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