第15話 前編
いろいろと何かを失敗した気がする。
そんな思いを抱きながら、上杉荘龍は自分の奥さんに肩を貸しながら銀座を歩いていた。
「荘龍! 荘龍! もう一件行こ!」
顔を真っ赤にしながらハイテンションで話すレイに、荘龍は苦笑してしまう。
「そうね、行きたいのは山々なんだけどね」
「あ、それよりも、やらしいことの方がしたかった?」
ニタニタとした笑顔と共に胸を押し付けるレイに、思わず荘龍は生唾を飲むが、新宿歌舞伎町とは違う紳士淑女の街にふさわしくない行動に必死に自制する。
「とりあえず、そこのベンチで頭冷やそうか?」
「えー! 私もっとお酒飲みたい~」
甘ったるい口調で迫ってくるレイはとてつもなく可愛いが、同時にとてつもなくめんどくさい。
「アルコールが脳まで行ってるな」
コンビニで購入したペットボトル入りのエビアンをレイに手渡し、荘龍もエビアンに口をつける。
荘龍は仕事仕事で気が滅入ってきているレイに、気分転換を含めて久しぶりに夜のデートに誘った。
バーで軽く飲むつもりだったのだが、予想以上にストレスが溜まっていたのかレイは片っ端から度数が高い酒をがぶ飲みし、完全に酔いが回っていた。
「荘龍ってズルいよね」
ぽつりとつぶやくレイの一言に、荘龍は口からエビアンを拭きだした。
「なんでよ?」
「だって、私お酒強くないのに荘龍同じペースで飲んでも顔色一つ変わらないじゃん。ズルい!ズルい!」
ジト目で睨むレイであったが、荘龍は仕方なく頭をかく。
もともと荘龍はアルコールへの耐性が強く、それこそ高校生時代から酒を口にしていた。
学生時代は匂わないからとスキットルにウォッカを入れていたこともあるほどだ。
「それに、こうやって私を酔わせたのって、スゴイエッチなことさせようと考えてるからじゃないの?」
ケラケラと笑いながらレイはどこか誘ってるかのように振る舞う。
「いや、それやるんだったら家でやるから。僕、そういうの外ではしないんで」
「荘龍って意外にヘタレだよね?」
「あ、今の一言ムカついた」
荘龍はレイを抱きしめてそのまま唇を奪う。唐突な行動にレイは荘龍が唇を離してもしばらく呆然としていた。
「うん、レイちゃんのフレーバーがするわ」
「こ、ここ外だよ荘龍! 何考えてるの!」
「自分で誘ってきてそういうこと言うんだ? ホント悪い子だなレイちゃんは」
酔っぱらうレイはやたら積極的になり、荘龍を誘ってくるが、キス一つで動揺するぐらい初心な所がある。
「ま、そういうところが好きなんだけどね」
「荘龍嫌い! すぐ私の事押し倒そうとするんだから」
「この前はそう言う所が好きって言ってたじゃん。好きって言ったり、嫌いって言ったり、ホントレイちゃんは悪い子だよな」
不敵に笑顔を見せながら、荘龍はレイの唇に触れるギリギリまで顔を近づけ、顎を掴んで動けないようにした。
「そういう悪いレイちゃんには、盛大な夜のお仕置きが必要みたいだね」
「ふぇ……」
普段ならば荘龍相手に全く怯まず、逆に蹴落としてしまうレイであるが、荘龍に本気で迫られると魔獣から愛玩動物になってしまう。
「だ、旦那様、レイはとっても悪い子です」
「知ってる」
顔を真っ赤にして興奮しているレイとは対照的に、荘龍は真顔のままレイの翡翠のような瞳を眺めていた。
いつもふざけている荘龍だが、真面目になった時の真顔がレイにとっては大好物であり、この顔を見るとレイは一切抵抗ができなくなる。
「本当は人一倍素直で優しくて、可愛い奥さんなのになあ。いきなり僕の頭どついたり、キックしたりするんだもんね」
「ご、ごめんなさい」
「だけどさ、そういう素直じゃない所もひっくるめて僕はレイちゃんの虜になってるからなあ」
運命の赤い糸どころか、もはや鉄より丈夫で赤く染まったカーボンナノチューブで繋がっている実感すらある。
「レイちゃん、愛してるよ」
「は、はい! 旦那様、私も愛してま……」
レイは荘龍に抱き着こうとしたとほぼ同時に、紅の閃光が闇夜を切り裂いていた。
「なんだお前ら? 出歯亀か?」
荘龍は一瞬で懐に納めていたクリムゾンを抜いていた。
「荘龍、これって?」
「ああ、ちょっと俺たち浮かれすぎていたかもな」
二人は他人が見ると胸やけする夫婦モードから一瞬にして、泣く子も黙る捜査官モードへと切り替える。
何故ならば、二人は何匹かのグールに囲まれていたからだ。
「まさか街中にまで出現しやがるとはな」
「そうね……普通に腹立ってきたわ」
冷静な荘龍とは対照的に、レイは怒りを見せながらビスクドールを発砲させる。
「せっかくのデートなのに、何ぶち壊そうとしているわけ?」
再びビスクドールを発砲させ、命中した銀の弾丸が容易くグールたちを倒していく。
怒りをむき出しにしたレイの剣幕と、無慈悲に倒されていく仲間たちの死骸に恐れをなしたのか、理性がないはずのグールが怯んでいた。
「レイちゃん、ちょっと私情入ってない?」
「入ってるに決まってるじゃない! 旦那様とのデートをぶち壊されて冷静でいられるわけないじゃん! 私の荘龍に対する愛情は激熱なんだから!」
そう言い切ったと同時に、レイは銀髪となり、さらに白銀の鎧をまとう。
「こいつら完全死滅させるわ!」
ミラージュの飄々とした態度ではなく、レイの性格丸出しのままで暴れはじめる。
一発必滅の弾丸を二丁拳銃で乱射させるレイの姿に、流石の荘龍も呆れていた。
「あいつらも運がねえなあ。わざわざ、レイちゃんにぶっ殺されに来てるんだからさ」
派手に暴れる奥さんをよそ目に荘龍は懐から業端を取り出す。
「もしもし、俺。悪いが今すぐ全員出動な。理由? 吸血鬼が出たんだよ。何? 霊安室のことはいいのかだと? 人命と組織のしがらみ、天秤にかけたらどっちが重いのか、幼稚園児ですら分かることだろが。ごねる奴はハイハイが似合う体にするからな!」
圭佑に連絡を終えた後に、今度は明之に連絡する。
「もしもしオジキ? 可愛い甥っ子です。今ね、奥さんとデート中だったんだけど吸血鬼が現れてね。奥さん激おこで今大暴れしてるの。デルタは出動させるから、一応一課も出動させて。え? でかした? いやいや、そういう冗談聞いてる場合じゃないから。それ肯定したら、僕奥さんから八つ裂きにされるからさ、そういうしょうもないジョークいらないのよ。とにかくよろしくね」
部下と上司に連絡を終えると、荘龍は深くため息をついた。
「あーあ、せっかくのデートが台無しだっつーの。レイちゃんマジで激怒し、シャレにならないぜ」
ボヤキを口にしながら、荘龍は愛する奥さんと一般市民を守るために紅蓮の鎧を纏う。
繁華街で吸血鬼が出現したという、最悪の状態への対処に全身全霊を注ぎ込むことを決意したからであった。
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