第15話 後編
どうしてこんなことになってしまったのか?
何度か自分に問いかけた言葉ではあるが、現在真希子は仲間の吸血鬼達と共に、とんでもない怪物に直面していた。
「吸血鬼ちゃん見ーつけた」
白銀の鎧を纏い、凄まじい殺気を向けられているのが嫌でも分かる。
「差別はしないけど、恨みはあるのよね。安心して、ご臨終しなさい」
向けられた拳銃をとっさに回避するが、その一発は隣にいた吸血鬼に命中した。
拳銃はおろか、重機関銃やアンチマテリアルライフルのような大口径弾の直撃を食らっても、すぐに再生するはずの吸血鬼が、全身の細胞が破壊されていくかのように崩れ落ち、単なる骸と化す。
「まさかこれって……」
噂に聞くミラーコーティング弾に、真希子は足が震えそうになる。
魔族に致命傷を与える破魔の弾丸、直撃すればただでは済まず、確実な死が訪れる。
その使い手にして、アーマード・デルタの一員であり、自分たち吸血鬼の天敵ともいえるミラージュが今目の前にいた。
そんな迫り来る死に抗うかのように、真希子はその場からの逃走を選択する。
「逃がさないわよ!」
ミラージュが追いかけようとするも、吸血鬼達が彼女を守るかのようにミラージュを阻む。
吸血鬼達を後目に逃走を選んだ真希子は、何故こうなってしまったのかと自らに問いかけた。
全ては、あの男の依頼から始まったことだというのに。
*****
「力がたぎってくるな」
「ああ、霊力が沸きあがってくるようだ」
吸血鬼の因子を投入された男たちは口々に、自身の力が強化されたことに歓喜していた。
吸血鬼の因子には吸血鬼にするだけではなく、霊力そのものを強化することが出来る。
ある意味ドーピングのようなものだが、一時的な効果に過ぎないドーピングとは違い、吸血鬼の因子の効果は本人が死ぬまで効き続ける。
「今のところ問題はなさそうですな」
吾妻が投与された者達を眺めながらそう言った。
「なるほど、八並がああなったのも頷ける。霊力が飛躍的に強化されているな」
超常系能力者として、霊力の扱いに通じている皇征士郎は霊力を感知することにも通じている。
伊達に霊安室の室長を務めているわけではないのがよくわかるが、浮かれている様はオモチャを与えられた子供のように見えた。
「真希子、少しいいかな?」
吾妻に呼ばれ、冷めた視線のままで真希子は吾妻の傍にやってきた。
「君には彼らを先導してほしい。吸血鬼の因子を投与されたばかりだ。不確定要素が考えられる」
吾妻の言う不確定要素とは暴走を意味していた。
「万が一の時は頼むぞ」
つまり、暴走した場合真希子が処分しろということなのだろう。自分にまた汚れ役を担わせる吾妻に腹が立つが、真希子には一切の拒否権は存在しない。
「分かりました」
静かにそう呟くと、真希子は近くの椅子に腰を下ろす。
「あれが例の吸血鬼か?」
真希子を見ながら征士郎はどこか見下すかのようにそう言った。
「ええ、彼女が今回のプロジェクトの核です。彼女がいなければ、今回の話は成立し得なかった。そこをお忘れなく」
真希子を珍獣が何かを見るような視線と、不遜な態度に吾妻は釘を刺した。
あくまで主導権自体は吾妻達エリクシル社側にあることを、忘れさせない為でもあった。
「分かっている。でなければ今回の話は無かったことなど百も承知だ」
「では、後は手筈ですがいくつかの吸血鬼を市街に放つ予定です」
「グールは出さないのか?」
征士郎の質問に吾妻は不敵に笑う。
「流石に街中でグールを出すのは無理があるかと。騒ぎが拡大するだけですよ」
「今更何を言っている」
どこか吹っ切れたかのような態度で征士郎はそう言った。
「すでに被害など出ているではないか。百人だろうと一万人だろうと、出てしまった被害者に違いなどない。規模が大きいか、小さいか、ただそれだけの違いがあるだけだ」
「本当によろしいので?」
「くどいな君も。そもそも今回の話を持ちかけてきたのはそちらではないか。君も、これぐらいの展開を望んでいたのではないか?」
「どういうことでしょう?」
とぼけた表情を見せる吾妻ではあるが、眼鏡越しに映る目だけは笑っていない。
「現在、吸血鬼の因子の完成度は80%だ。残り20%を埋める上でのデータ提供が出来る。君らにとっても、そうなった方がメリットがあるだろう」
吾妻の目が輝くと同時に、彼は仰々しく頭を下げる。
「ご配慮頂きありがとうございます。流石は皇家の次期ご当主ですな。我々にも、利益を配分して頂けるとは」
「こちらも利益が入る。それを配分するのは高貴なる者の務めというものだ」
「ノーブレス・オブリージュを体現して頂けるとは本当に感謝致します」
そんなやり取りを真希子は冷めた目で眺めていた。
二人が話していることは所詮、犯罪計画に過ぎない。
グールは無論のこと、街中に吸血鬼を放つのは毒ガスをばら撒くようなもの。言っていることが大量虐殺の実行であることに気づいていないのだろうか?
そんな思いを抱きながら、吾妻と征士郎の邪悪に満ちた笑顔に真希子は嘔吐しそうになった。
この二人は確信犯で犯罪を実行しようとしている。その過程で犠牲がどれだけ出ようか一切気になどしてはいない。
だからこそ、これほどの悪行を躊躇することなく実行できるのだ。
「真希子、気分はどうかな?」
最悪と言いたくなったが「大丈夫です」と無表情のままに返答した。
「君には手間をかけさせるが、これも君のお父さんの為だ」
自分の為の癖にという皮肉が真希子の脳裏を走る。真希子は決して冷静沈着な性格ではない。
むしろ自分でも呆れるほど短気で直情的なほどだ。だが、父親が人質に取られているこの状況の中で、必死に感情を押し殺している自分が果たして何物なのかと思ってしまうほどだ。
「分かっています。それが私の仕事ですから」
「期待しているよ」
先ほどと同じく吾妻は笑顔を見せる。
おぞましく、どこまでも邪悪で命を軽んじる笑顔に、真希子は必死に感情を無にすることにした。
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