第16話 前編

「まいったねこりゃ」


 阿鼻叫喚という光景とはこういうものを言うのだろうか?


 そんなことを考えながら朝倉冬弥はため息をつく。


 今、銀座はグールたちが人肉を貪り、吸血鬼達が生き血を絞り、グールたちを使役し、グールと吸血鬼を増やしているという惨劇が始まっていた。


「一体どこから湧いてきたんだろうな?」


 自分以上に呆れている武藤宗護に「その辺の隙間か、下水道からじゃないかな?」と、ドブネズミやゴキブリの巣を指摘した。


「いつかはこうなるかと思っちゃいたが」


「実際こうなってしまうと、悲観を通り越して呆れちゃうね」


 霊安室のやらかしであることには変わりないが、そのやらかしを指摘するような余裕もなければ、そんな状況でもないことは二人も理解していた。


 そんな二人に複数のグールが襲い掛かってくるが、冬は右腕を突き出し、突風を発生させる。


 グールたちはなす術もなく弾き飛ばされ宙に舞うが、そのタイミングを逃さずに宗護は自身の力を使い、グールたちを業火で燃やし尽くす。


「アシストありがとう」


「気にすんな。しかしこの状況じゃ、お前の結界も張れないな」


 冬が得意とする風の結界も、すでにグールや吸血鬼が混在している市街地では無意味になってしまう。


「仕方ないよ。それに、今回は一課も出動してるんだ。取りこぼしはそっちに任せて、僕らは吸血鬼に狙いを定めていこう」


 荘龍から報告を受けた後、特捜室室長の加納明之は迷うことなくデルタと共に一課を出動させていた。


 市街地に発生した吸血鬼達の被害を抑えるのは、もはや人海戦術を行う以外に方法がない。


「なら、そろそろ本格的に始めるか」


「だね、アームドオン」


 デルタスーツを纏うためのキーワードを呟き、二人はそれぞれ鋼の鎧に身を包まれる。


「さて、今回は暴れる側に回らせてもらうよ」


 深緑のデルタスーツを纏い、ラファールとなった冬はスーツと同じ深緑に装飾された刀を取り出す。


「あんまり派手にやり過ぎるなよ」


「そりゃお互い様だよ!」


 返答と同時に冬の刀がグールを真っ二つにする。結界要員として普段は後方に回されているが、コードネームラファールとしてデルタスーツを貸与されているだけあって、冬の戦闘能力はメンバー全員と比較しても全く劣らない。


「お前手加減知らないからな」


 そう言いつつも、宗護は長槍の唐獅子でグールを突き刺し、一瞬にして焼き焦がしていた。


「君にだけは言われたくないよ。前もビル一つ燃やしてたじゃん」


「あれは命令うけてやっただけ。お前は命令無しでも派手にぶっ壊すだろ」


「好きで壊しているつもりはないんだけどねえ」


 軽口を叩きつつ、冬は愛刀でグールたちを切り捨てていく。


 生命力が強いグールではあるが、再生能力が弱い為に致命傷を与えれば仕留めることは可能だ。


 それに、冬はまだ能力を使っていない。あくまで自分の技量のみでグールを切り捨てていた。


「しかしまあ、どこから湧いて出てきたのやら」


 飽きれながらもグールたちを切り捨てながら、冬はこの惨状の原因について考えていた。


 グールと吸血鬼の大量出現。パンデミックよりも最悪な事態ではあるが、何故今更になってこんなことになったのかが分からない。


「犯人は、死刑確定だな」


 グールたちを一閃に切り捨て、冬は呟く。下手をすると、裁判をする前に無力化されて、駆除されるだろう。


 だが、今優先するべきは吸血鬼の駆除だ。


 グールならば他の特捜室メンバーでも対処できる。だが、吸血鬼になってくると流石にそう簡単にはいかない。


 生命力も戦闘能力も全てがグールよりも上であり、何よりも吸血鬼は吸血鬼とグールを生み出せる。


 吸血鬼を倒さない限り、銀座はグールと吸血鬼の街になってしまうだろう。


「やってくれたものだよマジで」


 行きつけの店もいくつかある中で、冬は犯人への怒りが増幅していく。そのおかげが、愛刀を振るう腕も、その切れ味も増していくかのように、グールたちを瞬く間に切り捨てていった。


 そんな状況の中で、些か場に合わない拍手の音が聞こえてくる。


「やりよるな、アーマード・デルタ」


「褒めたくなるぐらいの強さだな」


 声の主に目を向けると、そこには二体の吸血鬼が街灯からこちらを眺めていた。


「あらら、ターゲットが自分からやってきてくれたみたいだね」


「その方が楽でいい。探す手間が省ける」


 吸血鬼相手に軽口をたたく宗護と冬であったが、それに苛立ったのか、高みの見物をしていたはずが、吸血鬼たちは自ら地面へと降り立つ。


「口が悪いのは相変わらずだな」


「だが、その軽口も今日までよ。我らも、貴様らに負けないほどに強くなった」


「それはどうかな? 僕、自分が強いとは思ったことないからね。だいたい、そういうことを口にする奴って大なり小なり弱い奴の台詞、平たく言えば負け犬の遠吠えって奴だよ」


 意図的な挑発をする冬とは対照的に、宗護はあえて先手を打って愛槍の唐獅子から火炎弾を放つ。


 瞬く間に二体の吸血鬼は火炎に包まれ、もがき苦しみ動きが止まる。その隙を見逃すことなく冬は吸血鬼の手足を一瞬にして切り刻んだ。


「口は禍の元。おしゃべりに熱中し過ぎて、手足を失ってりゃ世話ないよね」


 愛刀の旋風神を片手に冬はそう言った。


 基本的にアーマード・デルタはチームで動く。無論、一人一人の実力は強いが、個に溺れず、数に驕らずをモットーにしている。


 決して油断せずに状況を見極めて戦うことが習慣になっているために、相手の隙には過敏なほどに反応するようになっていた。


「しかし、こいつら俺たちのことを知っているみたいだったな」


「案外霊安室のアホだったりして」


 焼き焦げた吸血鬼を眺めながら、二人は軽口を叩く。


「やるな、そうではなくてはな」


「ああ、そうでなくては面白みがない」


 焼き焦げた姿で二体の吸血鬼は立ち上がったが、その姿はどこか異様であった。


 吸血鬼という存在そのものが異様ではあるが、この二体に宗護と冬は執念のようなものを感じた。


「お前ら、ただの吸血鬼じゃないな」


「僕らのこと知っているみたいだし、ただのパンピーじゃないのは確かだよね」


「なら、体験してみようか?」


 その一言と共に二体の吸血鬼は改めて、クフィールとラファールと化した宗護と冬に襲い掛かる。


 二人は自身の元素の力、突風と炎を発生させるが、吸血鬼達はそれをものともせず迫り、硬化させた手足をぶつけてくる。


 とっさに二人は自分の刀や鎧でそれを受け止めるが、その力は吸血鬼とは思えないほどの強さがあった。


「やっぱりただの吸血鬼じゃないみたいだね」


 チタンをも超える超合金製の旋風神を受け止め、鍔迫り合いを可能にするほどに強化された手足は通常の吸血鬼を超えた戦闘能力を持つ証だ。


 単純に力を得ただけではこんな芸当は出来ない。


「ああ滾ってくる。貴様らをぶちのめせと俺の中にある霊力が叫んでいるようだ」


「ありゃまあ、そりゃ大変だね。耳鼻科と心療内科行くことをお勧めするよ」


「ならば貴様には霊柩車を用意してやるよ」


 ただの吸血鬼にここまで精密に霊力を使うことなどできない。霊力を気力や念動力のように、自分の体に纏わせるのは遥かに高度な技術と修練、そして何よりもそれを実行できるだけの膨大な霊力を必要とする。


 これが出来るということはすなわち、霊力を使うことに慣れた超常系能力者でなければ不可能だ。


「君ら、やっぱり霊安室のメンバーだね。ダメでしょ、吸血鬼退治する側が吸血鬼になっちゃ」


「だからなんだというんだ? 我々は貴様らに負けない力を手にいれた。それが全てだ。それ以外のことなど些末なことよ」


 自信満々に語る吸血鬼に、冬は一瞬体を崩す。唐突に崩れた姿勢から生まれた隙を見逃すことなく、冬は吸血鬼の喉元に刀を突き刺した。


「この惨状の中で一般市民を守る立場の癖に、それを忘れて自分の力だけを追い求めるとか、人を馬鹿にするにも大概にして欲しいね。久しぶりに、イラっとしたよ」


 ひょうきんで常に飄々としている冬が、珍しく怒っていることに宗護はこの吸血鬼達が冬にとっての地雷を踏んだことを悟る。


 それに反応するかのように、宗護も唐獅子の石突にて付き飛ばした。


「宗護ごめん、僕久しぶりにイラっとしたわ。この吸血鬼達、僕が駆除していいかな?」


「俺は一向に構わないよ。それに、こいつらも厄介だが、周囲もかなりヤバい事になってるみたいだからな」


 グールと吸血鬼が増えていく上に、霊力を制御できる個体までいれば、かなり厄介なことになるのは間違いない。


「ありがとう。じゃ、久しぶりに僕も本気出すか」


 左足から金属片を取り出すと、それは一瞬にして深緑に装飾された刀へと変化する。冬が現在持っている旋風神と対になっているかのように。


「ここから先は、今までのようにいかないよ。さあ、行こうか旋風神、そして、烈風神」


 二本の刀を手に取り、冬は吸血鬼達へと切りかかった。

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