第16話 後編

 宇田川と小野田、二人の霊安室メンバーが今回の話に乗ったのには、とある理由がある。


「お前達、やってくれたな」


 怒り心頭なままに、皇征士郎はそう言った。


「貴様らのおかげで、霊安室の面子は丸つぶれだ。吸血鬼と戦えと言ったが、吸血鬼にしろと私がいつ命じた?」


 宇田川と小野田は暗い表情のままにうなだれる。


 先日、参事官の八並が暴走し、吸血鬼相手に無謀な突撃を行ったが、二人は八並の部下としてその一件について叱責されていた。


「奴は大した力は無かったが、それでも目的を実行するだけの執念があり、それを買っていた。そして、貴様ら二人を奴の部下としていたのは奴を補佐させるためだ。それを忘れていたのか?」


 激昂する征士郎に、二人は何の反論もできずにいた。宇田川も小野田も、八並とは違い、霊安室では数少ない特務捜査官としての資格を持っており、将来を嘱望されているエリートにして、皇家の分家の出身であった。


 その為に、彼らは上司である八並を馬鹿にしており、その仲は決して良くはなく、むしろ二人は八並を見下していた。


「ですが、いくら何でもあのような所業を止めることは……」


「止められないのであれば、上手くいくように補佐するのもまた貴様らの仕事だ。奴を完全に信頼しているならば、お前達を補佐になどするか!」


 宇田川の反論も、征士郎はあっさりと切り返してしまった。実際、あの無謀な突撃の時、二人は反対し続け後方に待機していたが、八並は先陣を切って吸血鬼達と戦おうとするも、逆に吸血鬼となってしまったのである。


「お前達はまだ年若い。だが、実力があるからこそ私はお前達に期待していた。だが、自分に課せられた義務と職務を蔑ろにするようでは、話にならんな」


 エリートとはいえ、年若い二人にとってこの失態は文字通り将来が閉ざされてしまったことを意味する。


 この吸血鬼騒動で霊安室は面目を失い、実働戦力すら失っていた。逆に特捜室はその実力を盛大に轟かせており、特にアーマード・デルタの活躍は国家保安局の優れた特殊部隊として認知されているほどだ。


「面目次第もございません。ですが、我々も霊安室の一員であり、皇家の分家としてこの恥を払拭させていただけませんか?」


「私も同じ気持ちでおります。何卒、汚名を返上する機会を!」


 宇田川と小野田の二人が頭を下げると、征士郎は深くため息をついた。


「そこまで言うならば、仕方あるまいな。まあ、たった一度の失敗で私も言い過ぎたかもしれん」


 その言葉に二人は青ざめていた顔色が若干明るくなる。


「だが、口にした以上はこれが最後の機会であると思っておけ。次はない」


 征士郎は失敗を許さない。それを嫌と言うほど認識しているだけに、二人はどんな命令でも受け入れるつもりでいた。


「ならば貴様らを一つ試すとしようか?」


 征士郎は冷徹な表情のまま、二人を見据えていた。


*******


 そして現在に至り、宇田川と小野田は吸血鬼の因子を投与された。


 霊力を強化する因子を受け入れた結果、二人は霊力の高みと言える力を得ることが出来た。


 もともと、霊安室の中でもトップクラスに高い力を有していたが、高みに達した力は絶対的とも言えるほどの万能感を彼らにもたらした。


「朝倉、特捜室の時代は今日で終わりになる。それを今証明してやろうじゃないか?」


「ずいぶんとまあ、大きく出たね。吸血鬼になっただけでそこまで言い切れるようになったのかな? それとも、覚せい剤でもやってるの?」


 軽口を叩く冬であったが、愛刀の旋風神を素手で受け止められるほどにまで強化された霊力は、まやかしなどではないのが分かる。


「我々は手に入れたのさ、霊力の高み、霊気鎧装を」


 宇田川が紅の瞳をぎらつかせながらそう言った。


 霊力は気力や念動力のように、身体能力を強化したり向上させるようなことはない。

 

 だが、霊力を極めて高いレベルにまで昇華させた霊能力者、超常系能力者であれば、その霊力を鎧のように纏い、身体能力と戦闘力を上げることが出来る。


 それが霊気鎧装だ。


「なるほどね、ゼノニウムで出来た旋風神を受け止められたのもそういうことか」


 現在地球上でもっとも硬く、丈夫な金属が超合金ゼノニウムだ。これは、デルタスーツの装甲にも利用されており、デルタのメンバーたちの主要武器にも使われている。


「なら、これならどうかな?」


 もう一本の愛刀、烈風神と共に、旋風神との二刀流で、冬は宇田川に切りかかる。


 しかし、再び霊力で作った鎧に冬の二刀流は容易く受け止められてしまった。


「あらら」


「ふん、貴様自慢の刀もなまくら同然よ」


 誇らしげに語る宇田川に対して、その隙を見逃すことなく小野田が冬に霊力で作り上げた手甲で殴りかかった。


 冬はそれを烈風神にて受け流すが、攻勢に回った宇田川も参戦し、旋風神と烈風神の二刀で受け止めるが、流石に二人分の力を受け止め続けることができず、腹部に二人の拳が突き刺さった。


「ぐわ!」


 久しぶりに食らったクリーンヒットと共に、冬はコンクリートの壁に叩きつけられ、その場に突っ伏した。


「アーマード・デルタ、恐れずに足りずだな」


「ああ、この力さえあれば、なんでもできそうだ」


 ゼノニウムで出来た刀すら防ぎ、アーマード・デルタの一角を担うラファールこと、朝倉冬弥すら打ちのめしたという事実に二人は歓喜していた。


 溢れ出る霊力が全てを刺激しているのか、腹の底から笑っている姿を眺めながら冬は二刀を杖替わりに立ち上がる。


「そんなに面白いかな?」


「ああ、散々調子に乗っていた貴様らをぶちのめせるのだからな」


「新参で成り上がりの貴様らに、辛酸を舐めさせられてきた屈辱も返せる」


 高らかに笑い続ける二人に弱弱しくも冬は二刀を構え直す。


「どうした、たかが一発食らっただけではないか」


「そりゃ……そうだ……ね!」


 視界から冬が消えた瞬間、宇田川と小野田はそれぞれ、片腕を切り落とされていた。


「き、貴様、擬態だったのか?」


「いや、一発食らったのは本当だし、なかなかの威力だったのも本当。だけどさ、僕はもっと強力な一発食らった経験があるんだよ。それに比べりゃ、屁でもないね」


 先ほど食らった一撃は間違いなく威力があった。だが、上杉荘龍、結城圭佑、そして、加納明之という強者に比べれば、それは台風とそよ風ほどの違いがある。


「さて、それじゃ久しぶりに本気出させてもらうよ」


 二刀を大仰に構えながら、ラファールとなった冬の全身から緑色のオーラが溢れ出る。


「星心……旋風!」


 周囲にいくつもの竜巻が吹き荒れ、気づけば宇田川と小野田を巻き込み、二人は竜巻の檻の中に閉じ込められてしまう。


「何だこれは?」


「安心しろ、閉じ込められただけだ。何の威力もない攻撃よ」


 竜巻の檻に閉じ込められたとはいえ、二人には何の意味のなくダメージを与えてなどいない。


「そりゃそうだよ、君たち拘束する技なんだからさ」


 そう呟くと、旋風神と烈風神、二刀の刀が緑光に照らされていく。


「レーザーブレード」


 旋風神と烈風神には刀身を光エネルギーでコーティングすることで、切断力を向上させるギミックが搭載されている。


 荘龍が自分の両手足をそれぞれレーザーアーム、レーザーレッグに出来るのと同じ原理であった。


「正直、こういうギミックを使うのは気が引けるんだ。だけど、仕方ないよねえ」


 残念そうな口調でつぶやいた瞬間、竜巻の檻に封印され吸血鬼に成り下がった二人を冬は一切の容赦をすることなく、全身を切り刻んだ。


 ゼノニウムを受け止められる霊力の鎧も容易く切られ、二人は包丁で切り裂かれた豆腐のように切断されてしまう。


「だけど、まだこの程度じゃな死なないよね。分かってるよ」


 吸血鬼はこの状態になっても死ぬことはない。首を切り落とされても、くっつければすぐに再生してしまう。


「無駄な努力だ、今の我らは不死身だからな」


宇田川の主張は虚勢ではない。実際、この状態からでも復活することは可能だ。


それが吸血鬼という生物の特性であり、それを霊力によって増幅させている。


「そんなこと知ってるよ。だから君らに逆転させない為に切り刻んだんだ。その体じゃ、竜巻の檻からは逃げられないでしょ」


「だが、死ぬことはない。無駄な足掻きだな」


小野田がそう言うと、思わず冬は鼻で笑ってしまった。


「そりゃそうだけどさ、僕はまだ君らにとどめを刺す為の必殺技を使ってないよ。というか、まだ本気すら出していないんだけどね」


「何をバカな……」


宇田川が反論しようとした瞬間、宇田川の顔面で何が爆発した。


「沈黙は金だよ」


「貴様、何をした?」


小野田が叫ぶが、冬は至って冷静なままであった。


「能力を使ったのさ。僕は風の元素系。このように自在に風を発生させて、制御できる。だから結界要員になっているけど、発生させられるのは単なる風だけじゃないってこと。知ってる? 水を分解すると何が出来るかな?」


「バカにするな! 酸素と水素……まさか?」


宇田川が何かを悟ったかのように、口ごもると共に、冬はラファールという鎧の中で意地悪にほくそ笑む。


「その通り、水素と酸素さ。そして、水素に火を付ければ爆発する。水素エンジンのように活用することもできるけど、今回はあえて悪用させて貰うよ」


「ふざけ……」


「ふざけてるのは君らだろ。罪無き人を手にかけて、散々悪事を働いたんだ。それも、罪無き人達を守る側の君らが。今更言い訳も命乞いも全てが醜いだけ。君らに残されているのは、断罪されるのを待つだけだよ」


 冬は片手で印を結び、自身の気力で水素と酸素を作り出す。


 風の元素系能力者は空気を自在に発生させ、風を生み出すことが出来る。だがより強い能力者は自身の気力を使い、様々な気体を作り出せる。


「僕は君らのような存在が一番許せないんだ。罪無き人に危害を加え、悪事を働くことに何の罪悪感も抱かない奴がね」


 怒りのままに、冬は周囲の酸素をかき集めることも同時併用することで、酸素と水素の混合ガスを作り出していた。


「だからこそ、君らという悪の花はここできちんと狩り取っておくよ」


 水素と酸素、二つの気体が充満した風の結界の中で冬は吸血鬼に成り果てた悪党達への断罪を下す。


「六合星心拳、花嵐!」


 濃縮水素ガスを引火させ、濃縮された酸素が助燃剤となり、約3000℃の業火と爆轟がまるで満開の華が一斉に散るかのような光景と共に、二体の吸血鬼を一瞬にして粉微塵にし、その体を全て焼き尽くした。


「悪の花が咲いたとしても、その花は必ず散らされる。正義の嵐によってね」


悪の花を散らす正義の嵐、故に冬はこの技を花嵐と名付けていた。


「僕はね、こう見えても好きなんだよ。人の命を守るために犯罪に立ち向かうっていう理念が。そして、それ以上に平和って奴がね」


 普段は飄々とし、今ひとつ掴めない所がある冬ではあるが、誰よりも強い正義感を持っている。


だからこそ、派手な活躍こそしないが悪党を逃がさない結界要員という仕事を率先して行っていたのであった。


「らしくないことやっちゃったな。まあ、今は非常時だから許されるでしょ、多分」


 普段の如く軽口を叩きながら平静を取り戻すと、冬は再び戦いを再開する。


 何故なら彼は、正義のラファールなのだから。

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