第17話 前編

「あの野郎、派手に暴れるなって言っておいたのによ」


 凄まじい爆音と共に、青白い火柱を眺めながら武藤宗護は思わずそう言った。


 何しろこれは、相棒である朝倉冬弥が得意技である花嵐を使った証拠であったからだ。


「しかし、よっぽどあの二匹の吸血鬼に腹が立ったんだろうな」


 本来私情や私怨で、犯人を無力化することは捜査官としては資質を疑われる程の行為だ。


 相手が吸血鬼やグールでなかったら即刻クビになってもおかしくはない。しかし、普段温厚で悪口も飄々と受け流す冬は、どんな状況でも犯人の殺害ではなく無力化を優先する。


 その冬が花嵐を使うのは、無力化を通り越して殲滅するほど激怒したことを意味していた。


「いやはや、アーマード・デルタは相変わらず凄まじいなあ」


 やや調子が狂いそうなトーンで飛んできた声に、宗護は声の主へと振り向く。


「ふふ、気づいてくれたかな? 君たちは相変わら……グフェ!」


 声の主と思わしき吸血鬼の顔に、宗護は自身の愛槍を投げつける。


 真紅の柄を持つ唐獅子は吸血鬼の顔面を見事に貫き、全身を焼き焦がしていた。


「死ににくくなっているからって、油断してりゃ世話ないな」


 任務に私情を挟まない宗護ではあるが、この惨状を作り上げた相手に対する怒りが無いわけではない。


 むしろ、自分の能力と同じように燃え上がりそうなほどの怒りを必死に抑えているほどであった。


 とりあえず投げつけた愛槍を回収し、穂先についた煤を払った。唐獅子は穂先を横幅にし、切断力と刺突力を両立させた作りになっている。


 かつて自分に槍を教えた師匠は千鳥十文字槍を愛用していたが、宗護は師匠を敬愛しているからこそ、そのまま真似をすることなく、あえて自分でデザインを考えた槍を作ったのであった。


「いい加減出てきたらどうだ? お前もコイツみたいになりたくないだろう?」


「なんだ、やはりバレていたか?」


 まるで壁と一体化していたかのように、一体の吸血鬼がコンクリートの壁から抜け出てきた。


「デルタスーツは標準で各種センサーが付いているからな。お前らお得意の結界や幻術も、科学の前では無力なんだよ」


「自分の能力ではなく機械の自慢か?」


 やや挑発気味に口にした宗護であったが、吸血鬼も負けじと反論する。だが、先ほどの吸血鬼よりも冷静であり、隙が無いことから宗護は唐獅子と金獅子を構え直した。


「それが噂のかね? なるほど、確かに隙が無い。厄介な構えだよ」


 どうやらただの吸血鬼ではないらしい。自分の姿を隠していた幻術といい、武道の心得、そして自分が使っている一刀一槍の構えを知っている時点で宗護は目の前にいる吸血鬼が何者なのか、ある程度の見当が付いた。


「いつでもかかってきていいんだぜ?」


「遠慮しておくよ、その構えに突撃するなど自殺行為だ」


 吸血鬼が言い終えた瞬間を狙いすまし、唐獅子の突きが繰り出される。


 しかし、吸血鬼側も身を捻りこれを躱すと、背中に背負っていた大太刀で宗護の攻撃を捌いた。


「なかなかやるな。攻撃を捌かれたのは久しぶりだ」


「一応私にも武術の心得があるからな」


 約120cmほどの大太刀を構える姿は、かなり堂に入っていた。ただの吸血鬼にしてはあまりにも出来過ぎている。


 そして、宗護はかつてその剣技を過去に見ていたことを思い出した。


「四尺太刀にその剣技、お前まさか、霊安室の曽我か?」


 問いかけに吸血鬼は全く隠すつもりもなく、派手に笑いながら頷いてみせた。


「如何にも、霊安室一の剣士、曽我十郎だよ。まさか、赤銅の轟炎に名前を覚えてもらえるとはね」


「記憶力はいい方なんでね。自慢じゃないが、捜査官試験は主席合格だからな」


 若干自慢しながら宗護はそう言ったが、これは曽我が捜査官試験を突破せずに霊安室入りしたことへの嫌みであった。


 曽我は単純な強さならば鬼道隊に行ってもおかしくない。皇家の剣術指南役を担当しているほどの家柄ではあるが、思慮が足りないことから試験には不合格のまま、縁故採用で霊安室入りしたからに他ならない。


 この状況で名前を名乗っている時点で、かなり頭が弱いのが分かる。


「エリート街道まっしぐらで結構なことだ」


「おバカ街道闊歩しているお前には負けるよ」


 挑発に乗ったのか、曽我は再び四尺太刀で切りかかってくるが、宗護はこれを唐獅子と金獅子で受け流す。


「攻めてこないんじゃなかったのか?」


「様子を見ていただけだ。確かにその構えに挑むのは無謀過ぎる。普通ならばな」


 一刀一槍の構えは防御に向いている。相手が先手を取った場合、槍で突き、槍が捌かれても刀で切る。あるいは刀で相手の攻撃を防ぎ、崩れた所を槍で突く。


 攻撃は最大の防御と言うが、同時に攻撃は隙を晒す危険な行為でもある。故に、一刀一槍の構えを知っている者はよほどの技量を持たない限り攻めるようなことはしない。


「だが、今の私は普通ではない」


 大太刀が青白く光り、曽我は上段に構えて一気に振り下ろす。その一閃を宗護は受け止めようとする。


「人間辞めて得た力がこれか?」


「いいや、ここからが本番だ」


 曽我がさらに太刀を押し込むと、ズシンとした衝撃と共に宗護は目には見えない力によって吹き飛ばされてしまった。


「あはははは、赤銅の轟炎恐れるに足らず!」


 霊力を全開にした曽我はすさまじい速さで太刀を振るう。四尺太刀を手足のように操り、体制を立て直した宗護の一刀一槍の構えを崩し、更なる一撃を食わせた。


「ぐわ!」


 胴を抜かれるかの衝撃に思わず吐しゃ物が出そうになったが、かろうじてそれを飲み込むも、宗護はひざをついた。


「無様だなあ、機械にばかり頼っているからそんな様になるんじゃないかな?」


 見下しながら豪快に笑っている曽我とは対照的に、吹き飛ばされた宗護は久しぶりにダメージを負ったことに脅威を感じつつ、頭を必死に働かせた。


「この力、もしかして一連の吸血鬼騒ぎはお前らの仕業だったのか?」


 弱弱しく語る宗護に、曽我は笑みを浮かべていた。


「そうさ、ご当主も素晴らしい計画を立案してくれたものだよ。吸血鬼の因子を手に入れ、我々の霊力を強化する一方で、我々に手柄まであげさせる手筈を整えてくれたのだからな」


「吸血鬼の因子だと?」


 デルタスーツ越しとはいえ、かなりの衝撃で立とうとしても立てない宗護に、曽我はほくそ笑んでいた。


「冥途の土産に教えておこう。今回の事件は全て、ご当主とエリクシル社による共謀だ。そして、我々は貴様らになど劣らぬほどの力を手に入れることが出来た」


「なるほど、通りでバカみたいに強くなったわけだ」


 吸血鬼となり、霊力と身体能力が強化されれば、霊安室のメンバーであっても特捜室は無論のこと、下手をすればアーマード・デルタを上回ることはできるだろう。


 元々曽我も戦闘能力だけならば、間違いなく特捜室のメンバーに引けを取らない。それがさらにブーストがかかったかのように強くなっているのだ。


 とんでもない武装集団が誕生してしまうことは言うまでもないだろう。


「なるほど、だからこそお前らは今回の事件で初動を掴むことが出来たんだな」


「いかにも。気づくのが少しばかり遅かったようだな。主席合格者でも、そこまでには至らなかったのか?」


「ああ、残念ながら……な」


 弱弱しく立ち上がりながら、宗護は何とか一刀一槍の構えを取る。


「おしゃべりが過ぎたようだ。私としたことが、どうもいかんな」


「安心しろ。バカの治療方法なら知っているからな」


 先ほどまでの弱体ぶりとは対照的に、凛々しい返答に応じようとした時、曽我の腹部に唐獅子が突き刺さっていた。


「何!?」


「これはおまけだ」

 

 左手に持った金獅子にて宗護は曽我の両目を切り裂いた。


「ギャアアアアアアアア!!!!」

 

 阿鼻叫喚の悲鳴と共に、腹部を貫いた唐獅子から放たれた炎が曽我の内臓と骨肉を焼き焦がしていく。


「バカは死ななきゃ治らないってな。とびっきりの治療法だろ」


「き、貴様、全て擬態か?」


「バカ言え、久しぶりにゲロ吐きそうになったわ。だが、お前さんがバカで助かったよ。おかげで、十分すぎる証拠も手に入れたからな」


 宗護は自身のデルタスーツを軽く叩く。


「俺たちのスーツには録画録音機能も標準装備されているんでね。おかげで、お前の言ったことは全部証拠保全させてもらったよ」


「この、卑怯者が!」


 腹部が燃え、両目を切られているにもかかわらず、曽我は怒りをむき出しにしていた。


「なるほど、簡単には死なない体になっているということか。仕方ない、俺も久しぶりに本気にならせてもらう」


 久しぶりに宗護は怒りを感じていた。


 とてつもない悪の陰謀、それも、本来ならば治安を守るべき存在が犯罪とテロに加担していた事実は宗護の怒りに火を付けるには十分すぎることであった。


 何故ならば彼は、赤銅の轟炎なのだから。

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