第22話 前編
うめき声と苦しむ声が聞こえる檻の中で、黒崎は二人の悪党と向き合っていた。
「無様で愚かな連中の姿はどうかな?」
皇征一郎の歪んだ笑顔に、黒崎は無表情のままでいた。
「自分を勝者と勘違いし、無能であるにもかかわらず有能であると思いこんでいる輩ほど醜いものはない。奴らのようになりたいか?」
「私に選択肢があるのかね?」
生殺与奪を握られている状況の中で、黒崎に選択肢など存在しない。それを分かっているからこそ、征一郎はあえて意地の悪い質問をしている。
「やはり、あなたは聡明だ。あの愚者二人とは違う」
隣の檻に入れられている皇征十郎、山城和明の二人は苦痛の中でもがき苦しんでいた。
「彼は奴らとはわけが違いますよ。聡明であり、胆力もある」
征一郎の隣にやってきた吾妻が不敵なまでに笑っていた。
「そして、あなたは幸運の持ち主でもある。あれほどまでに力が強く、そして、従順な吸血鬼、それも真祖を見つけるとはね」
吾妻は、真希子が真祖であることまで調べ上げたことに黒崎は内心動揺したが、この状況になってしまえば、そんなことはもはや些末な情報でしかない。
「生命力、身体能力、そして、なんと言っても生命力が断トツだ。魔力もけた違いなものを持っている。あれほどの吸血鬼はなかなかお目にかかることはない」
「……貴様らと一緒にするな」
「何?」
「貴様と一緒にするな! あの子は、こんなことをするために私が引き取ったわけじゃない」
わけあって引き取ったとはいえ、幼い頃から命あるものに優しく、決して見捨てることもないあの心に、黒崎は彼女を本気で守ることを決めた。
そして、万が一彼女の正体がバレてしまったとしても、迫害されないために黒崎は彼女の特性を活用するための研究を行った。
「ですが、あなたが彼女の研究を行ったのは事実でしょう。それがきっかけでこうなった自覚がありますか?」
「君も我々と同じ立場にあることを忘れてもらっては困るな」
吾妻と征一郎の悪辣な微笑みは、暗に黒崎もまた欲に取りつかれた人間であり、彼らと同じ立ち位置であることを教えこむかのようであった。
お前も同じく欲に取りつかれた人間であり、同じ悪人であると訴えていた。
「一緒にしてもらっては困ると思っているだろうが、あなたも我々と同じ穴の
「そうだな」
こいつらに何を言っても意味がない。
そう切り捨てると、黒崎は反論することの馬鹿馬鹿しさを察した。
人であることを捨てた連中、一人はそもそも人ですらないが、こんな鬼畜な悪魔たちに思いや道徳じみたことを言っても無意味だ。
「そこで、君らは一体何をするつもりだ?」
「決まっているでしょう。派手な戦いを一つ、計画しています」
「殺戮の間違いじゃないか?」
人を殺すことを何とも思っていない上に、戦いよりも人殺しを好むような連中が言う戦いほど血生臭いものはない。
吾妻の主張に、黒崎はうさん臭さを感じていた。
「確かに以前の吸血鬼の因子であれば、そうでしたな。ですが、吸血鬼の因子はついに完成しましたよ」
「完成しただと?」
吾妻が何を持って完成したというかは謎ではあるが、あの因子を黒崎が望まぬ方向性に持っていったことは間違いない。
「ええ、完成しましたよ。これで、完璧な吸血鬼を生み出すことが出来る」
「生み出せるのは吸血鬼だけか?」
得意げになっている吾妻に水を差すかのように、黒崎はそう呟くと、吾妻はともかく皇征一郎は顔色を変える。
「何?」
「吸血鬼の因子をお前らがどのような認識をしているかは分からないが、あれは吸血鬼を生み出すための因子などではない」
「ハッタリか? 吸血鬼の因子が吸血鬼を生み出すためではないだと?」
「どう解釈しても構わんし、今更私は君たちに協力などしない。だが、君らはあれをそんな下らないことにしか使っていないとはな。豚に真珠にも程があるというものだ」
吸血鬼の因子を悪用したが、彼らは自分の想像以上に探究力がない。おそらく、吸血鬼の因子を文字通りにしかとらえていないのだろう。
だからこそ、吸血鬼を生み出すことにだけに注力してしまった。しかし、それは同時に真の意味の悪用を防げたということだ。
黒崎はそれを悟っただけでも、一つの希望が見えた気がした。
*****
別室にてコーヒーを飲む皇征一郎は苛立ちを隠せずにいた。
「彼の言葉に動揺しているのですか?」
指摘する吾妻を征一郎は睨みつける。
「ああ、奴が言った言葉が気になっている」
「単なる負け惜しみでしょう。彼は元々、自分の偽善を果たすためにこの因子を研究していた。そして、その研究のために、山城と手を組んだのですから」
吾妻の言うことにも一理あるが、黒崎は山城などとは違って、肝が据わっている。
「自分の体を使ってまで吸血鬼の因子を研究していた。そこが少々引っかかる」
黒崎は当初、この研究を独自で行っていた。
自分の体を実験台にし、文字通り寿命を縮めてまで研究に没頭していた。それに、今現在において、吸血鬼の因子について一番理解している研究者は黒崎だろう。
その黒崎の言っていることが、征一郎にはどうしても虚勢に思えなかった。
「吸血鬼の因子は完全なものになりました。これで、誰でも簡単に吸血鬼にすることが出来る。山城や、あなたの御父上ですらね」
「それについては感謝している」
銀座での騒動を経て、吸血鬼の因子の完成度は一気に99%まで高まっている。不完全な吸血鬼への変異も、今では完璧に仕上がっていた。
「実際、力が増したような気がするよ。霊力も高まっている」
征一郎は高位の霊能力者が使える青い炎を発生させるが、いつもよりも力強く燃え上がっていた。
「勝てそうですか? 紅蓮の龍王に」
「勝てるというよりも、勝つ姿しか想像できないな。今となっては、奴に負けたことすら手を抜いていたと思えてくる」
順調だったはずの人生を振り出しどころか、大きなマイナスを付けた男の名前を出しても、征一郎は平然とそう言ってのけた。
「正直、奴の相手をしている場合ではないだろうが、決着だけは付けるべきだろう。私に付き従う者達の為にもな」
霊安室と皇家から離反した鬼道隊の面々は、すでに征一郎個人に忠誠を誓っている。
能力があるにも関わらず、家格や次男三男などで当主になれない庶子たちが集まっている以上、より高みを目指すのであれば誰をトップに選ぶのかは自明の理だ。
「頼もしいですな」
「だからこそ、父や兄ではなく君は私を選んだのだろう?」
「その通りです」
「今のところは全て、計画通りに進んでいる。後は父上だ」
残忍な顔でそう呟く征一郎は、父に向けるべき尊敬の念などは一切見せなかった。
「父は常々現状を嘆いていたからな。だが、同時に愚かなことでもある。ちっぽけな力しか持たず、活躍もしない者を厚遇などするわけがない。功績を上げるという発想すらなかったのだからな」
「さぞかし鬱憤も溜まっていたでしょうに」
「だからこそ、その鬱憤を盛大に晴らしてやろうと思っている。父上にも、吸血鬼の因子を埋め込んでやるのさ」
「ところで、真希子の件はいかがします?」
真希子の件になった途端に、征一郎は思慮を巡らせていた。
「彼女は是非保護したい。あの力は魅力的だ。彼女を有していれば、それだけで優位に立てる」
堂々としている征一郎に、吾妻は笑顔のまま冷ややかな気持ちを持っていた。
彼は真希子に好意を抱いている。いろいろと理由を付けてはいるが、ようは彼女を手に入れたいだけなのだ。
だが、そういう俗物さに吾妻は逆に好意を持っていた。
人間の欲望は世界を変革させていく。それに、崇高な理屈を語る征一郎が、一人の少女に好意を抱き、手に入れようとする姿は誠に滑稽であった。
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