第23話 中編

 アクセルを開け、エンジンの回転数に合わせてクラッチを踏み、ギアを変速させる。


 唸りを上げて吠える排気音と共に、200kgもの車体と共に加速し、風を切って走る。


 やはりバイクは最高だと、天城レイは黒いライダースーツを纏いながらそう思った。


『レイちゃん、飛ばし過ぎだよ』


 メットに搭載されたスピーカーから、愛する旦那様である荘龍の声が聞こえてきた。


「なあに荘龍、もう付いてこれなくなってるの?」


 ほくそ笑みながらレイはそう言うと、後ろには荘龍の愛車である赤いグレイブの姿があった。


『一応僕さ、レイちゃんと峠で勝負して勝ってるからね。っていうかそういうことじゃなくて、久しぶりにツーリングしているからって、そんな全力で飛ばしちゃダメだよ』


 荘龍の言葉に、今日は愛する旦那様だけではなく、可愛らしいゲストがいたことをレイは思い出した。


「ごめーん、ちょっとテンション上がっちゃってつい。ここからは平常運転になるから。真希ちゃんごめんね」


 レイはそう言って詫びると、先ほどまでの全力加速走行をやめて巡行走行に切り替える。


「ふう、やっと大人しくなってくれたか」


 ヴァーハナ社製のグレイブは、時速300kmは余裕で出せるスポーツカーではあるが、それに劣らず負けず、同じくヴァーハナ社製のクレイモアも凄まじい速度が出せる怪物のようなバイクである。


 それを、二人は手足のように操れるのだが、レイは久しぶりのツーリングに興奮しているらしい。


「走りに来たわけじゃないんだから、ちょっと自重してほしかったね」


 思わず愚痴をこぼす荘龍は、助手席に座る真希子にそう呟いた。


「ところで、ウチの奥さんのことどう思う?」


 唐突な質問に、真希子はビクっとするが「良い人だと思います」という模範解答をした。


「どういうところが?」


 さらなる追撃に、真希子は困惑しているが、それでも三日間一緒に過ごした中でのレイのいい所を探そうとしていた。


「優しいところです。私のこと、スゴイ大切にしてくれるし、料理も上手だし、美人で綺麗だし……」


「胸も大きいよね」


 戯れに荘龍がつぶやくと、真希子は顔を真っ赤にする。レイのHカップに包まれた感触を思い出しているらしい。


「冗談だよ」


「そういう冗談嫌いです」


 やっと心開いてくれたのか、レイほどではないが、ぎこちなくも真希子はいろいろと返答してくれた。


「冗談じゃないんだよな、これが。だって、僕はレイちゃんの夫だからさ。君が味わったあの心地よさ、ほぼ毎日体験してっからね」


 悪い笑顔で前を向きながら答える荘龍に、真希子はまた顔を赤く染める。


「荘龍さんって、エッチなんですね」


「エッチじゃねえし、奥さん好きなだけだもん。俺にはもったいない美人さんで、才女で、結婚しただけで一生分の運使い果たした感がある」


 多少真面目に答えるが、これは荘龍が常日頃から思っていることだ。


 レイとの出会いは運命だが、結婚したのは宿命であると荘龍は思っている。


 自分という存在にとって、天城レイという女性とは出会うべきして出会い、そして結婚するために生まれてきた。


 でなければ、こんな幸せを体験することが出来なかっただろうと心から思っている。


「まだ、お前さんには分かないだろうけど、人には出会うべくして出会う相手が存在するんだよ。これマジな話ね」


「……そうですね」


 素直にそう答える真希子に、荘龍は彼女にもそういう相手がいることを悟った。あらゆるものを疑う仕事をしていると、嫌でも相手の思考などを読み取れるようになる。


 特に口にした言葉や、聞いた言葉からの反応は嫌でも相手の心境を暴いてしまえる。


「お前さんにもいるのかい? 例えばお父さんとか」


 荘龍の口から出たその言葉は、鋭い針となって真希子の心を射貫いていた。


「黒崎義隆さんだっけ? 評判のいいお医者さんだったらしいな。親切で丁寧で、患者思いで悪口言う人なんて誰もいなかったってさ」


「いつ調べたんですか?」


「こんなもん、調べたうちに入らない。国家保安局はその手の調べものできる奴で溢れてるからな」


 さりげなく答えるが、荘龍は真希子を匿ってからここ三日ほどで、彼女の身辺調査を行っていた。


 彼女の父親についての情報と、二人が暮らしていた家のこと、そして、エリクシル社との繋がりまでが根こそぎ拾い上げることが出来た。


「私をどうするつもりですか?」


「どうもしないよ。俺たち一応、治安を守るのが仕事の公僕だぜ。無益な殺生はしません」


 無益という所を強調し過ぎたせいか、真希子は明らかにおびえている。


 無理もない、彼女はまだ14歳の少女に過ぎないのだから。


「私が、吸血鬼であってもですか?」


「何?」


「私は、あなたたちが探している吸血鬼だったとしたら、どうするんですか?」


 真希子は泣きそうになっているが、毅然とした表情を向けていた。


「お前さん吸血鬼だったの?」


「レイさんは間違ってなかったですよ。あの時、私を殺そうとしたの、正しかったから」


「それは、殺されるようなことやらかしてるからか?」


 すっとぼけながら、荘龍は淡々としながらそう言った。


「こういうことをしたからです!」


 真希子の目が怪しく光り、鋭い犬歯は牙となって、荘龍の左腕に噛みつく。血を吸おうとした真希子だが、口いっぱいに広がる血とは思えないほどに酷い味に思わず吐き出してしまった。


「あーあ、汚れちまったじゃん。俺、この子結構大切にしてるんだぜ。レイちゃんの次ぐらいにさ。まあ、後で洗うからいいか」


 左腕を噛みつかれたとは思えないほどに、荘龍は落ち着き払っていた。一方で真希子は酷い顔色をしている。


「大丈夫か? 毒でも飲んだ顔になってるよ」


「これ、一体何なの?」


 口にした血が相当ひどかったのか、真希子は咳き込んでいる。


「俺、実は人工心臓になってるんだよ。といっても、本物の心臓並みに動いてくれるんだが、血がね、ちょっと普通の血じゃないんだ。光の粒子が溶け込んだ血になってるんだが、これが魔族にとっては信じられないぐらいに不味いらしい。不味かっただろ?」


 荘龍はミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。それに観念したのか、真希子は無言で受け取り、口をゆすいだ。


「不味くて申し訳ないが、俺の血で済んでよかったな。レイちゃんの血なんか飲んだら死ぬからよ。レイちゃん、魔族対策でミラー粒子を血液に混ぜてるからな」


 魔族にとっては致命傷を与えるミラー粒子を、レイは自分の能力を用いて血に混ぜている。


 うっかり噛みついた相手は、そのままポックリ逝ってしまうので、もし真希子がそうしていたら、確実に死んでいただろう。


「私を殺さないんですか?」


「さっきからその質問何? 自殺願望でも持ってるの? 無益な殺生はしないって言ったじゃん」


「私は、世間を困らせてる吸血鬼ですよ」


「だから何? 吸血鬼だからって、問答無用でぶち殺すような外道な集団じゃないし、そんな思想信条持ち合わせてねえよ。っつーか、そんな思想信条持ってる奴をパクるのが俺の仕事なんでね」


 能力者が増えた現代、あやかしと呼ばれる日本古来の魔族たちや、海外にもいる魔族たちとの共存が唱えられている。


 その中で排他的な魔族迫害を掲げる存在や、逆に魔族主義を掲げてテロを行う者も存在していた。


「俺、こう見えても差別が嫌いでね。重要なのは生まれよりも育ち、何者として生まれてきたのかよりも、何者として生きるのか、そっちが大事。で、どうしようもない悪党っていうのは前者の思考だからどうしようもない。自分が頭のおかしいヨゴレだってことにも気づかずにな」


「私もそうだって言いたいんですか?」


「いや、お前さんはそのそこに片足突っ込んでるタイプ。で、自分がどうしたらいいのか分からない。そんな感じ」


 ちらりと荘龍は真希子に目線を向けたが、真希子は先ほど見せた狂暴な吸血鬼とは思えないしおらしさを見せていた。


「話がしたいなら聞いてやるよ、なんで俺に噛みついたのかも含めて。俺は、そういう仕事をしているからな」


 いつもの軽口ではなく、真面目な表情のままに荘龍は冷静なままにそう言った。


 それは真希子だけに向けたものではない。


 ハンズフリーで繋がっているレイと、そして、自分自身に向けていた。


 内務省国家保安局に所属する、アーマード・デルタとしての矜持の為に。

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