第23話 後編
平日のサービスエリアは休日ほど混み合っていない。
代わりに休日で行われているようなイベントなどもないが、その分落ち着いて食事や買い物が楽しめる。
「ああ、やっぱりサービスエリアって最高だわ。エリアの名物とか、美味しいもの簡単に買えるんだもんね」
ツーリング好きから、レイは度々SAやPAを訪れては買い物やグルメを楽しんでいた。
SAの食事はグレードも高く、売っている商品の質も高いので、十二分に楽しめる。
「真希ちゃん、食べたいものある? お姉さんが奢ってあげるよ」
笑顔を向けるレイだが、真希子はSAに着いてからずっと暗い表情のままであった。
その理由をレイは無線越しに知っていたが、あえて知らないフリをしたまま真希子を励まそうとしていた。
「ごめんなさい、あんまり食欲湧かなくて」
ぽつりと申し訳なく真希子は答える。
「いいのいいの。まだちょっと食事にも早いもんね。それに、運転しないからって疲れないわけじゃないし、あそこで座って休憩しようか」
休憩スペースに腰を下ろし、レイは地元名産のトマトジュースを飲む。
「トマトの味がとっても濃い。トマトジュースはどっしりとした味じゃないとダメね。真希ちゃんも飲む?」
トマトジュースの缶を手渡すと、無表情のままに真希子は受け取った。
「ここまで連れ出して申し訳ないんだけど……」
レイがそう言うと、不意に真希子は身構える。
「ホントはお腹も空いてこない?」
レイが屈託のない笑顔を向けると、真希子は肩透かしを食らったかのような気分になった。
それに釣られて腹の虫まで鳴り始め、真希子は顔を赤く染めてしまう。何かを食べたいという気持ちはなかったが、体は空腹であり食事を求めているらしい。
「お腹は正直だね、一緒に何か選びに行こ」
真希子の手を握り、レイはフードコートへと向かう。その手は温かく、真希子の胸も不思議に温かくなった。
自分を殺そうとした人にも関わらず、天城レイという女性は不思議な優しさを持ち合わせている。
同時に彼女を騙し続けることに真希子は罪悪を持っていた。
父親以外に優しくしてくれる数少ない大人。それも、母親を知らない自分にとっては不思議な温かさを感じてしまう。
その温かさは心地よく、傷ついた心を癒してくれる。
だが、その温かさが心地よければ心地よいほどに、真希子は癒しと共に罪悪感という痛みに攻められるのであった。
*****
一人別行動を取り、荘龍はベンチに座りながら、大好物の玉こんにゃくを食べていた。
玉こんにゃくはかつおだしと醤油で味付けされることが多いが、ここのSAは玉こんにゃくの本場である山形の味を出すために、スルメで出汁を取っている。
スルメ出汁は濃厚で独特のクセがあるが、味がないこんにゃくに対してはちょうどいい足し算となり、食欲をそそる。
また、このSAで売ってる玉こんにゃくは大ぶりの玉こんが五つも刺さっており、値段も一本100円と非常に安い。
一本目はそのまま食べ、二本目は辛子を付けて風味を変えて荘龍は楽しみながら食べていた。
お茶に口を付けたタイミングで、荘龍の業務端末が鳴るが、そこには自分の上司の名前が表示されていた。
「はい上杉ですけど?」
『こぶ付きデートの調子はどうだ』
加納明之のニタついた声に荘龍は思わずゲンナリする。
「デートじゃないですよ、一応仕事ですからね」
『仕事で奥さんデート出来て楽しいか?』
普段荘龍に弄られまくっているからか、ここぞとばかりに仕返ししているらしい。明之の声は明らかに弾んでおり、こっちの弱みを握っているように思えた。
「なんすか、嫌みですか?」
『嫌みと弄りはお前の専売特許だろうが。それより大ニュースがある。皇征士郎が自供したよ』
事実上解体状態にある中で、これ以上の黙秘を貫くことが厳しくなったのか、ついに白状することにしたらしい。
「ま、このままいけば死刑確定ですからね。それで、何を白状したんですか?」
『吸血鬼を生み出してのマッチポンプと、エリクシル社との繋がりだな。お前達が睨んだ通り、あの吸血鬼達はエリクシル社が生み出したそうだ』
「あの子を使ってですか?」
荘龍は今匿っているピンクブロンドの少女のことを指摘した。
『ああ、そうらしい。そして、お前達が今匿っている子が吸血鬼であり、今回の吸血鬼事件の素体になってることも分かった』
「マジですか」
思わず荘龍は天を仰ぎたくなった。それが事実ならば、真希子は間違いなく殺処分される。
吸血鬼は一部の例外を除いて、殺処分が許されている。あらゆる生物を支配し、怪物を生み出す危険性が考慮されているからだ。
ましてや、今回の事件は霊安室の計画があったとはいえ、大勢の死者も出ている。それだけに、彼女はこのままいけば助からない。
『だが、征士郎は彼女の父親をエリクシル社の連中が脅していたと言っていた』
「それは本当ですか?」
思わず前のめりになってしまったが、本音を言えば荘龍も真希子を処分などしたくはない。
『奴が自供していたから間違いないことだ。それに、奴自身が部下たちを吸血鬼へと変貌させる瞬間を見ている。とりあえずは、無理やりやらされていたっていう形にはもっていけそうだな』
「骨を折ってもらいありがとうございます」
『らしくもない殊勝さを見せるな』
いつもおちょくられてるからか、明之は微妙に照れていた。
「いえいえ、室長にはいつも難題押し付け、迷惑かけまくってますので」
『よせやい。お前はいつものように、調子こいている感じでちょうどいいんだ。らしさを失うと自分を見失うぞ』
「そりゃないでしょ。僕は感謝してるんですから」
『流石のお前も、吸血鬼とは言え14歳の女の子を殺処分することは嫌か?』
「はは、何言ってるんですか」
玉こんにゃくをほおばり、荘龍は数秒で咀嚼して胃に流した。
「嫌に決まってるじゃないですか。僕は殺人狂じゃないんで」
『お前も人の子だな』
「そうですよ、ちゃんとした人間の子ですわ。好き好んで殺生するほど落ちぶれちゃいないんで」
犯罪者には一切合切容赦しない荘龍ではあるが、あくまでそれは職務に忠実であること、一般市民に対する損害を恐れてのことだ。
『その心がけは忘れるなよ。こっちはこっちで進めておく。ちなみに、お前あの子が確信犯でやっていたらどうするつもりだった』
「そん時は……まあ、覚悟決めて処分するしかないじゃないですか」
情を理解する心は持っていても、情に流されるような甘さを荘龍は国家保安局に入ってから切り捨てていた。
「悪党っていうのはね、人の心に付け込んできます。奴らは人の善意すら利用する。そんな奴らに手加減するのは馬鹿野郎のすることです」
様々な悪党と対峙していく中で、荘龍はとにかく疑うことを第一優先にしていた。疑心暗鬼になるのではなく、事実関係を特定し、様々な情報を客観的に判断し、その上で実行できるようにする。
テロリストなどは相手の深層心理や善意をも利用して人殺しを行う。
ヤクザなどはそれこそ、タバコ一本奢っただけでもそれを借りとして関係を無理やり作って、型に嵌めてくる。
そうしたえげつない連中と対峙するには、甘さを捨てなくてならない。
『そうだな、愚問だった。後はそちらに任す。こちらは霊安室の連中を締め上げて情報を全て吸い出しておく』
「お願いします」
そういうと明之は電話を切った。荘龍は残った玉こんにゃくに盛大に辛子を塗り付け、それを頬張った。
鼻をツーンと刺激する辛子の風味と、濃厚なするめ出汁で味付けされたこんにゃくの味が絡み合い、鮮烈さと濃厚さが組み合わさった独特の風味を堪能しつつ、目元を荘龍は拭った。
「とりあえずは良かったなあ真希子、本当によかった」
そう呟き、辛子と共に胸の中に沸き立り、こみ上げてくる感情を押さえながら、荘龍はやるべきことが一つ増えたことを確認する。
哀れな吸血鬼の少女の父親を助け出すという任務を。
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