第2話 後編
国家保安局にはミュータントや魔族などを含めた特殊犯罪に対処する部署が二つ存在する。
一つは上杉荘龍たちが所属する特捜室、正式名特務捜査室、そして現在この現場を取り仕切っている霊能安全室、通称霊安室である。
年々増加傾向にある特殊犯罪に対処する上で、霊安室だけでは対処できないケースもまた増えており、それを補うために特捜室が設立された。
そうした設立経緯の為に、霊安室側としては特捜室を新参者として扱っており、特捜室側からすれば「お前らが無能だから俺たちが存在する」という認識の為、必然的に対立関係が成立していた。
ところが、ここ数年での検挙率やテロ対策などでは特捜室が確実な実績を出しており、霊安室は後塵を拝す形になっている。
それがますます両者の対立に拍車をかけているのだが、今だにこれは解消されることのない問題となっていた。
そんな背景事情も無視し、不機嫌さも一切隠さず、荘龍は普段着のままで警察官や捜査官たちをかき分けながら、この現場を取り仕切る霊安室のメンバーがこもる本部テントへと向かう。
久々に取った有給をパーにされたこともそうだが、それ以上に頭にきていることがあるだけに、怒りで頭がどうにかなりそうなほどである。
それを多少和らげるために、荘龍は懐から愛用している葉巻、ロミオ・イ・ジュリエッタを取り出し、手慣れた手つきでカッターでヘッドを切り落とし、口にくわえる。
そして、自身の能力を使い、指先で葉巻を着火させた。葉巻は煙を肺に入れない分たばこよりも健康的ではあるが、周囲に煙を撒き散らかすことに違いはない。
それでも、葉巻のリラックス効果は下手な精神安定剤よりも手軽で、心を安定させてくれる。
口と鼻から煙を撒き散らかしながら、荘龍は周囲に遠慮することなく堂々と進んでいった。
「待て、民間人は立ち入り禁止だ」
スーツ姿の男が行く手を阻むが、荘龍は無言で懐から特務捜査官としての身分証明書を提示する。
やや不機嫌な顔に恐れをなしたのか、男はやたら恐縮して敬礼して立ち去った。それを眺めながらテントに入ると、自分とは別の意味で不機嫌になっているメンバーが揃っていた。
「なんだ貴様は?」
その中でも簡易テーブルの中央に座っている厳つそうな男が、荘龍を睨みつけていた。確か霊安室の参事官で八並という男だったはずだ。
「特捜室からの助っ人ですわ」
ややふざけた口調で荘龍はそう答える。
「特捜室だと? 貴様らに出番などない。命令あるまで待機してろ」
所属部署を名乗った瞬間にこれかと思うが、こちらがふざけていたことに対する怒りもあるのだろうと喫煙で冷静になった頭で荘龍は理解した。
「とはいいますがね、すでに四時間も経過して中の人質全員吸血鬼とグールになったわけでしょ。んで、皆さん何やってるので? 数珠握って空でも拝んでるんですか?」
「貴様喧嘩売ってるのか?」
「いえ、皆さんの面子を保つために来た
嫌みと皮肉をこれでもかというほどに振りかけた言葉に、周りにいた霊安室の捜査官が激昂して荘龍の襟元を掴んできた。
「調子に乗るなよ! 特捜室の成り上がりが!」
襟元を掴まれるが、身長も体格が荘龍の方が上の為に些か滑稽な絵図に見える。だが、彼はまだ気づいていなかった。自分が龍の逆鱗に触れていることに。
「悪いな、限界だわ」
断りを入れた瞬間、荘龍は逆に男の首元を掴み、そのまま片腕で持ち上げてみせた。
「貴様!!」
「国家保安局はいつから、犯罪やテロから一般市民を見殺しにするような組織になり果てたんだ? てめえの命惜しさに一般市民を犠牲にしやがってよ」
「離……せ……」
「調子に乗るだ? 寝言ほざいている暇があるんだったら今すぐあの化け物どもをぶちのめしてこいや!」
顔を真っ赤にしながら、地面についていない足を必死にジタバタさせている男を救おうとするものは誰もいなかった。
霊安室のメンバーは全員能力者ではあるが、戦闘力に関しては全員束になってかかってきても荘龍一人にすら及ばない。実際、荘龍を止めようとしても周囲のメンバーたちは明らかに動揺していた。参事官の八並ですら明らかにおびえているのが分かる。
「ホント、腰抜け集団だな」
そう呟き、言うだけのことを言うと、荘龍はそのまま男を人形を扱うかのように片腕でぶん投げた。
地面に転がった瞬間に、地面と接した場所にアンモニア臭がする液体が付着していくが、それすら指摘するものは誰もいない。
「ということで、ここから先は
「君の判断でそんなことが決められるわけ……」
「あ? 何か問題でも?」
反論する八並を睨みつける荘龍に、八並は途端に口を閉じて黙って座り込んでしまった。
「何の問題もないでしょ。では、私は信頼できる有能な仲間たちと作戦会議してちゃっちゃと解決させますから。それではアディオス」
軽く挨拶をして荘龍は去っていった。
「よろしいのですか?」
部下の進言を聞きながら、八並はテーブルにあるミネラルウォーターを口にする。
「これ以上の意地の張り合いは無意味だ。撤収するぞ」
形として荘龍に屈服する形になったが、打開策が見えなかっただけに撤退するのはやぶさかではない。
「せいぜい、奴らが失敗するのを祈るだけだ」
精一杯の負け惜しみを込めて八並はそう言った。
***
「隊長に任せるって何考えているんですか!」
副隊長である圭祐を相手に、立花涼子は思いっきり襟元を掴んで焦った顔をしていた。
「まあ落ち着けよ」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
大きすぎる胸元を揺らし、青い髪をなびかせながら、身長181cmの涼子は自分よりも七センチ高い上司に食ってかかった。
「ただでさえ、うちのチーム評判悪いのにこれ以上問題起こしたら底辺にまで落ちちゃいますよ!」
「言いたい奴には言わせておけばいいだろ」
他人の評価をそこまで気にしない圭祐はそう答えるが、涼子は当然ながら納得していない。
「同じ特捜室の人達からまで、やり過ぎとか、暴力的とかまで言われるんですよ。これじゃ独立愚連隊じゃないですか!」
背丈が大きい割に、涼子は意外にも細かいことを気にする傾向にある。決して小心ではなく、むしろ気配りができるタイプの女子だが、それ故に細かい所に目がいき割と繊細なのだった。
「同じ特捜室の人達からも、私たち、問題児集団扱いされているんですよ。少しは配慮してくださいよ!」
「どういう配慮が必要かな?」
涼子の後ろからとぼけた声が聞こえると、そこには到着時とは打って変わって悪事を企んでいるような笑顔の荘龍の姿があった。
「あ、隊長」
「いやあ、四時間かけて草津からここまで戻ってくるのはなかなかに応えたね。嫌がらせかと思ったよ」
皮肉を述べながらも、多少の溜飲は下がったのか、荘龍は穏やかな口調になっていた。
「話し合いは成立したのか?」
「まあ、ちょっとしたゴタはあったがな。なんか霊安室の奴がお漏らししていたけど、それ以外は問題なしだ」
話し合いという名の要求の押し付けをしてきたというのが実情に近いが、早急な事件解決こそが最優先であるだけに荘龍は些かも気にすることもなかった。
「さて、こっから先は俺たちアーマード・デルタの出番だ。気合入れろよ」
霊安室とは違う、国家保安局最強の実働部隊の出番が回ってきたことに全員が気を引き締め、早急な事件解決に向けての段取りを組み始めた。
内務省国家保安局特務捜査室特別捜査隊、通称アーマード・デルタ達が本格的に動こうとしていたのであった。
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