第2話 前編

「もう夜か」


 そう呟きながらも、愛用のサングラスを外さないまま、結城圭佑は駆け付けてから四時間経過したことに対し、若干苛立っていた。


 目の前に見える古ぼけた倉庫が伏魔殿になっていることに。


「東海道新幹線だったら、ギリギリ東京から京都まで往復できる時間ですね」


 部下にして後輩の朝倉冬弥がイヤミを口にした。彼もこの状況にイラついているらしい。


「君なら大阪まで往復できるんじゃない?」


 冬弥は同僚の武藤宗護にそう呟いた。


「ハイパーカー貸してくれたら、神戸までならいける自信はあるね」


 週一でサーキットやラリーに行き、モータースポーツを趣味にしている宗護ならば、本当に四時間で東京から神戸まで往復できる可能性があるだけに、冬弥は「だったら賭けようか?」と冗談を言う。


「お前ら、国家公務員の自覚を持て」


 国家公務員、それもが付くだけに、圭祐はギャンブルなどもってのほかと言わんばかりに二人の部下を窘めた。


「ですが、僕らなんでこんな所にいなきゃいけないんですかね?」


 飽きたと言わんばかりの態度を出しながら、冬弥はため息をついた。


「任務だからだ。忘れたのか?」


「特務捜査官の任務が、四時間も事件現場でにらめっこすることとは教わっていないですよ」


 ここにいる三名は決してただの上級職国家公務員ではない。警察庁を再編した内務省、そこから公安部門を統合させたのが国家保安局である。

 その中でも通常の警察力では手に負えない犯罪に対応し、捜査活動を行う精鋭が、内務省特務捜査官であり、まさに選ばれた精鋭中の精鋭と言ってもいい。


「しかも、現場を仕切ってるのは縁故野郎でしょ。グダグダじゃないですか。僕らなら、かかって三十分もあれば片が付く代物ですよ」


ふゆ、それができるなら苦労はせんわい」


 そんなことは圭祐が一番理解している。魔族や獣人を始めとする異種族や、念動力や様々な元素能力を使う超能力者ミュータントは無論のこと、ロボットやサイボーグ、バイオロイドすら無力化し、逮捕する力を有した特務捜査官が今自分や冬弥、宗護ともう一名を含めて四名いる。


 これだけいれば、今回の事件は冬弥の言う通りに三十分、いや、それ以下の時間で片が付くだろう。


 だが、今は彼らは他部署の応援という形でこの現場に来ていた。


「ですが、冬の言う通りですよ。さっき涼子から連絡が来ました。人質全員、グールと吸血鬼になったそうです」


 宗護からの報告に、圭祐は深くため息をつく。恐れていたこと、というよりも予想できた結果になったことに悲しみを通り越して怒りがわいてくる。


「あの倉庫に立てこもって四時間も経ってますからね。霊安室の連中、自分たちじゃ手いっぱいだからって俺たちを呼んでこの有様ですよ。まあ、責任なんて一切取らないんでしょうけど、おかげであそこにいる連中、全員するしかなくなりましたね」


 宗護は平静を装っているが、苛立ちと腹立たしさを押し込んでいるのが伝わってくる。やや暴言に近いが、圭祐もまた同感であるだけにそれを咎めるつもりは毛頭なかった。

 

「お前の言いたいことは分かる」


「連中、人命尊重っていう言葉が無いんでしょうね」


 普段冷静な宗護がここまで口にするのは珍しい。表に出さないが、宗護はこの仕事には一定の使命感を抱いている。


 命を守るために犯罪へと立ち向かう。それは国家保安局の理念であり、彼自身の矜持でもある。


 それだけに、その矜持を踏みにじられている状況が我慢ならないのだろう。


「ちょっと行ってくる」


 普段から辛口で皮肉屋の冬弥はともかく、品行方正な宗護までこんなことを口にしているようでは暴走して突入しかねない。


 他所の部署の仕事とはいえ、ここまで不手際を見続けていると流石に自分としても一言文句ぐらいは言ってやりたくなる。


 上司の手前、なんとか自省していたが流石にここまで悪化している状況を黙って見ているわけにもいかなくなった。


 そう思った時に、一台のスポーツカーが凄まじい勢いで三人が待機している公用車目掛けてやってくる。


 車種は新興の自動車メーカーであるヴァーハナ社製グレイブ。それも、前輪にホイールインモーター、後輪を水素エンジンで駆動させる上級モデルだ。

 

 どうやら、自分にとってはいいタイミングで、奴らにとっては最悪のタイミングでバカがやってきたらしい。

 

 荒々しいブレーキ音と共に、グレイブが停車すると、運転席から不機嫌そうな顔で一人の男が下りてきた。


 背丈は圭祐よりも3cmは高い身長191cm、長すぎず短すぎない髪と不機嫌そうな目付き、そして明らかに怒りのオーラを全身から放っている。やや不釣り合いなカジュアルな恰好は、ある意味面倒ごとに巻き込まれた証だ。


「よう、随分とまたアホなことになっているようだな」


 第一声からして、面倒くさいと圭祐は思った。


「それは俺じゃなく、奴らに言ってくれ」


 言い訳は嫌いではないが、正真正銘その通りであるだけに、圭祐は自分の同僚にして上司に当たる上杉荘龍にそう言った。


「バカ野郎、お前だからこれで済んでるんだ。人を群馬県から呼び出しやがってよ」


 不機嫌さをあからさまに隠さず、半分八つ当たりのような態度を取っているが、気持ちは分かる。


 もともと荘龍は非番であり、有給消化を兼ねて群馬の草津温泉で湯治する予定だった。ところが、今回の事件が発生して群馬からわざわざ四時間近い時間をかけて、無理やり駆け付けさせられたのである。


「まったく、四時間もにらめっこさせて、人質全員吸血鬼とグールかよ。話にならねえな。んで、なんでいまだに突入しねえのよ?」


「もう少し様子見たいんだとよ」


「何の?」


「さあな、まあ突入することにビビッて言い訳しているだけだと思うが」


「そんなところだろうな。ったく、面子気にするぐらいなら突入して派手に命散らすのも一興だろうがよ」


 不平不満を口にしながら、荘龍はそのままこの状況を作り出していた元凶へと向かっていった。


「副長、あのまま行かせてよかったんですか?」


 宗護が心配そうな口調でそう言った。


「絶対に揉めますし、喧嘩になりません?」


「その方が面白いだろ」


 冬も珍しく心配しているが、圭祐はむしろスッキリとした表情でそう言った。


「お前ら、なんで室長があいつをわざわざ群馬から有給中に呼びだしたのか分からないのか?」


 二人は首をかしげるが、圭祐はその答えを持っていた。


「あいつを矢面に立たせるためだ。アレコレ口にするより、霊安室の連中には多少の躾が一番効果的だからな」


「それって隊長にわざと喧嘩させて、状況打開させるためってことですか?」


「飲み込みが早いな、流石主席合格者」


 特務捜査官の就任試験を首席で合格した宗護の理解力を圭祐はほめた。


「まあ、あいつなら突破力だけはアホみたいにあるからな。こういう時ほど頼りになる」


「それ副長がやってもよかったんじゃないですか?」


 冬がそう尋ねると、圭祐は目線を反らす。


「俺はあのバカと違って面倒ごとが嫌いなんでな」


 実際、面倒ごとを嫌うのは事実ではあるが、いざという時は荘龍よりもたちが悪い仕返しをするだけに、宗護も冬もその言葉に微妙な表情を取った。


 おそらく、初めから面倒ごとを全て隊長である荘龍に全てを押し付けるつもりで呼び出したのだろう。


 そして、わざわざその為だけに有給をパーにされたことを考えてしまうと、考えただけでも恐ろしいことが起きるだろう。


「災難だな」


「災難だね」


「とりあえず、線香だけは用意しておくか」


 お悔やみを込めて、宗護と冬は盛大な八つ当たりを食らうであろう、気の毒な連中の末路を祈った。


 


 

 

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