第1話
久々に取れた休暇を男はゆっくりと過ごすつもりでいた。
仕事仕事で娘と一緒に過ごす時間も取れなかったために、一人寂しくしていた娘の為に、思い切って田舎のコテージを貸し切ってしまった。
初めはやり過ぎたかと思ったが、普段は都会の喧騒の中で過ごしている自分と娘にとって、誰もいない、自然の中で過ごすことは想像以上の解放感と安堵を与えてくれた。
優しいが、決して明るいとは言えない娘もはしゃぎまくって服を着たまま川に飛び込んだり、木に登ろうとしたり、虫を素手で掴んで自分に見せてくるほどだ。
いい休暇を取れた、男はそう思いながらハンモックに身を預け、激務か続いた体を癒そうとする。
つくづく、歳は取るものではない。昔は三日連続の徹夜も平然とこなしたものだが、今は一日徹夜するだけで体がガタついてくる。
それ以上にきついのは、愛する娘の遊びに付き合えなくなることだ。体力の限界で、途中でギブアップすることが多くなった。
幼い子供の運動量は尋常ではない。それをこの身を持って体験すると全身が筋肉痛になってしまう。最近では娘もそれを察したからか、無理に遊びに付き合わせようとしなくなったほどだ。
「やはり、ジム通いをするか」
決して運動が得意ではなかったが、大好きな娘の楽しみに付き合えないのは親としてどうかと思った。
娘の為ならば、苦手な運動も厭わないつもりでいた。だが、今はまずその為にも疲れた体を少しでも癒すことを優先し、男は深い眠りに付こうとした。
「お父さん!」
ハンモックを揺らしながら、眠りにつこうとした男を起こしたのは彼の愛娘であった。
「お父さん起きて!起きて!」
「どうした? そんなに慌てて」
珍しく娘が何かを抱えてきたが、よく見ると娘は泥だらけで、服にはところどころに赤い斑点のようなものが付いていた。
とりあえずハンモックから降りると、娘が抱えていたのは足をケガしたウサギだったことに気づく。
「ウサギさんケガしてるの! 凄い痛がってるの! お父さん助けてあげて」
娘は涙目になりながら、傷ついたウサギを助けてほしいとお願いしてきた。一応医師である男はウサギの足を診断する。
おそらく罠、現在では禁止されているはずのトラバサミに引っかかったのだろう。ウサギの足には痛々しい傷があったが、出血しているもそこまで深い傷ではない。
念のために持ってきた救急セットを娘に持ってくるように頼むと、男は手慣れた手つきでウサギを治療し始める。
足を消毒し、傷に薬を塗り、包帯を巻く。そこまで複雑な処置ではないが、神経が無傷であったことが救いだろう。数日安静にしておけば大丈夫な傷だ。
「これで大丈夫だよ」
「ホント?」
「ああ、それにしてもよくウサギさんを助けたな?」
娘にそう尋ねると、彼女は「だってウサギさん苦しそうだったから」と答えた。
「ウサギさん痛そうだったの。私しか助ける人いなくて、お父さんなら治してくれると思ったから助けたの」
「そうか」
そう呟くと男は娘の頭をやさしく撫でる。娘は半泣きになりながらも笑いながら男に抱き着いてきた。
この子は目の前で失われそうになった命を、決して無視することなく助けようとした。
少々おてんばではあるが、男は彼女の優しさが何よりも嬉しかった。この子の優しさがあれば、きっと何があっても大丈夫だと思えるほどに、男は胸が温かくなった。
そして、彼は決断する。彼女のこの優しさを、より多くの命を救える力にすることを。
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