第3話 前編
「さて、手順の確認するぞ」
愛車のボンネットをテーブルにしながら、上杉荘龍は四人の部下たちとの最終打ち合わせを行う。
「いつも通りの手順でいく。涼子は空からの監視と遊撃。冬は奴らが逃げ出さないための結界要員な」
「突入は誰が行くんですか?」
冬からの質問に、荘龍は自信を持って「俺が行くに決まってるだろ」と答えてみせた。
「ついでに、そこの陰険サングラスも連れていくからな」
夜になっても圭祐はサングラスを外さないことを、荘龍は揶揄してみせた。
「ちぇ、しゃーねーな」
仕方ないという態度を取る圭祐に荘龍は当然だという態度を崩さない。
「んで搦手要員は宗護、お前だ」
「俺ですか?」
「お前の能力はこういう時うってつけだろ」
「いや、隊長でもいいんじゃないですかね? わざわざ群馬から休暇中に呼び出されたわけですし」
搦手要員はこの中で一番負担が少ないため、基本的にこうした立てこもり事件での突入では指揮官クラス、すなわち隊長の荘龍か副隊長の圭佑のどちらかが担うことが多い。
「だからいいんだよ。最近暴れ足りていないからな。現場に出てしっかり活躍しておかないと、いざという時に動きが鈍る」
「お疲れでしょうから、先陣切らなくてもいいんですよ」
冬が宥めるようにそう言うが、荘龍は不敵なまでにひたすら怒気が混じった怒りの笑顔を見せた。
「それに、僕まだちょっと怒りが抜けていないんだよね。その矛先、下手すると誰かさんに向いちゃうかもしれないからさ。君たちも八つ当たりされるの嫌でしょ?」
ああ、やっぱりかという思いが宗護と冬、涼子の三人に共通してよぎる。室長と
「ということで鬱憤晴ら……じゃなくて指揮官先頭ということで突入する。搦手の方は宗護に任せるから、ちゃんと挟み込んで一匹も逃がすなよ」
「了解です」
「うん。そして涼子、吸血鬼は翼がある奴がいるから、飛んで逃げられないように。あと、壁突き破って逃げる奴もしっかりと逃がさないように」
「分かりました」
「最後に冬、お前が一番の要だ。奴らを逃がすなよ」
このケースの場合、周囲から相手を逃がさずに包囲する役目を負う者が一番重要になる。
特に相手は吸血鬼とグールだ。逃がせば嫌でも被害が拡大する怪物たちである。
「いつも通りの手順であれば大丈夫ですよ。任せてください」
「よし、じゃ、さっそく乗り込むか」
約一名だけ確認を取らず、アーマード・デルタたちは戦闘準備を行う。
「アームドオン」
そのキーワードと共に、彼らはそれぞれのパーソナルカラーにふさわしく装飾された光に包まれる。
闇を切り裂く紅蓮の光、破邪の雷のような紫の光、蒼天の如く澄み切った蒼の光、不浄を焼き払う赤銅色の光、悪を浄化する深緑の光。
五色の光が輝きを終えた時、月明かりに照らされ、五色の装甲を纏った五人の戦士の姿があった。
「さて、始めるぜ」
「面倒だな」
先陣を切るのはドラケン、ビゲンのコードネームを与えられた、上杉荘龍と結城圭佑。
「それじゃ、上空で待機してますね」
両足のジェットエンジンを始動させ、グリペンのコードネームを与えられた涼子が蒼い装甲を纏いながら闇夜へ飛び立つ。
「ちょっとおいてかないでくださいよ!」
「頑張ってね」
赤銅の装甲とクフィールのコードネームを与えられた武藤宗護が上司二人を追いかけ、結界要員で深緑の装甲を身にまとい、ラファールのコードネームを持つ朝倉冬弥が四人を見送っていた。
「さて、そろそろ頃合いかな?」
全員が所定の位置に向かったのを確認し、冬は自分の能力を発現させる。
それまで無風だったはずの倉庫街に風が吹き荒れていく。その風はやがて突風となり、旋風となる。
「風神結界!」
吹き荒れる旋風が、吸血鬼とグールが立てこもる倉庫の周辺に集中していく。ちょうど、台風の目が倉庫の位置にあるかのように、倉庫周辺だけが文字通り風の結界によって封印されていった。
「こんなもんかな? 結界要員って結構大変なんだよね。あーあ、搦手要員の宗護が羨ましいよ」
楽なポジションにつけた宗護を羨ましいと思いながら、宗護は風の結界を張り続けた。
この能力がある為に、結界要員を必然的に担っていたが、それ以上に冬には大きな実績があった。
彼がこの能力を行使し、役割を担って以来、この結界から逃亡できたものは皆無だったのだ。
***
「全く、面倒くせえ仕事に俺を巻き込みやがってよ」
専用のパワードスーツに身を包みながらも、普段と変わらぬ言動のままに、荘龍は倉庫の扉を蹴とばし中に入る。
「有給こっそりとって、ラブでコメろうとするからこういうことになるんだ」
「あのね、独身で気楽な君と違って僕は既婚者なの。結婚してるんだよ。夫婦がラブでコメって何が悪いんだボケ!」
荘龍は一応既婚者である。それを知るものは保安局でもそう多くはないが、デルタのメンバーは全員知っている。
というのも、彼女もまた保安局に所属する捜査官であり、全員と顔見知りであったが、それ以上にこの二人は、典型的なバカが付くカップルでもあった。
「あいつ怒ってたか?」
「多分な。怖くて先に家に送ったが、すげえ顔で俺睨んでたわ」
「そいつはご愁傷様だ」
呼び出した張本人であるにも関わらず、圭佑は白々しい態度を取る。二人は幼稚園の頃からの幼馴染であり、一応親友であり悪友の関係にある。
それ故に、互いに毒舌の応酬をし合えるわけだが、今回に関しては毒舌というよりも荘龍は本音を口にしていた。
「お前とオジキのせいで、俺たちの夫婦生活が破綻したらマジで復讐してやるからな。覚えとけよ! 東京湾の魚の餌にしてやる」
「魚の餌か、上等だ。魚なら逆に餌にしているからな」
圭佑の趣味は釣りである。それも、川や海、大きさを問わず釣りならば何でも楽しむ生粋の釣り師だ。
「竿は竿でも釣り竿しか弄ってねえ奴にはな、奥さんと不仲になることの意味が分かんねえんだよ」
「サキュバスに取りつかれてるくせによく言うわい」
その一言は、唯一残っていた荘龍の理性を寸断させるに十分だった。
「やっぱり、お前から先に殺っておくわ」
荘龍は凄まじい勢いで右足に装備された武器を圭佑に突きつける。
MK-34クリムゾン、アーマード・デルタ用に開発されたドラケン専用のブラスターピストルだが、当然ながら味方に付きつけるような代物ではない。
だが、容赦なく荘龍はクリムゾンの引き金を引いた。
「ぎゃああ!」
紅に染まった閃光が、一体のグールを貫く。撃ち抜かれたグールは悲鳴を上げ、焼け焦げた傷跡を抑えてうずくまる。
「ち、外しちまった」
1km先のコインすら、正確に打ち抜ける腕前を持っている荘龍が、目前にある圭佑相手に外すわけがない。
「ずいぶん、お優しいことで」
「お前にはまだやってもらう仕事は腐るほどあるんでな」
「まったく、本当に面倒なことになった」
気づけば二人はグールと吸血鬼に囲まれている。だが、二人は全く怯んでなどいない。むしろ、これを好機と思っているほどだ。
そんなことなどつゆ知らず、襲い掛かってくるグールたちだったが、一瞬で彼らは紫の雷光によって全身を焼き焦がされていた。
「本当なら俺が搦手要員なのに」
電気を自在に操る能力を持っている圭佑にとっては、呼吸に等しい行為ではあるが、十万ボルトの電流は流石のグールも焼き焦がすには十分すぎるほどの威力を有していた。
「サボろうとするからだ。しっかり働けよ、俺たちとんでもなくモテモテみたいだからな」
闇の中で、赤い瞳が輝き、牙をむき出しにして、獲物を見つめてよだれを垂らすグールたちが二人を囲んでいた。
だが、二人にとっては取るに足りない相手に過ぎない。
グールたちが襲い掛かってくる中で、再び荘龍のクリムゾンと、圭佑の雷光が闇を切り裂いていった。
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